市民参加・協働のまちづくり
| 志木市民委員会が4年間の活動にフィナーレ |
2006/3/31
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●2006年3月21日(火、春分の日)午後6時から、いろは遊学館3階第1・第2研修室にて、志木市民委員会最終全体委員会が開催された。筆者は、来賓として参加した。
●志木市民委員会は、平成13(2001)年11月の発足以来、全員が公募による市民の会議として、市役所の組織に対応した部会に分かれ、月1回程度の会合や視察を行ってきた。日常的には、行政より提示された政策を市民の立場から検討するほか、自らテーマを設定して調査研究し、市長に提言する活動も行ってきた。発足してすぐに、市の全927事務事業の見直しを行ったほか、平成15(2003)年度と平成16(2004)年度には、それぞれ翌年度の市の予算を編成する作業も行っている。
平成16(2004)年3月までの第1期は、252名が9部会で活動し、平成18年(2006)年までの第2期は、139名(うち1期からの継続78名)が8部会で活動した。第2期では、「公園プロジェクト」「縦割り行政を考える会」「危機管理合同会議」といった部会を超えた活動も行われた。
●市民委員会は、穂坂邦夫・前市長が成立させた「志木市市政運営基本条例」に基づき、要綱によって設置された会議である。平成17(2005)年6月、様々な地方自治の実験的施策を行った穂坂氏がわずか1期で勇退し、長沼明・新市長がどのような政策をとるかが注目された。
長沼市長は、「志木市財政非常事態特別対策プロジェクト」や「市民病院ルネッサンス・プロジェクト」など、前市長の問題意識を受け継ぎつつも、穂坂時代に始まった主要22事業について、庁内に「志木市行政施策安定化プロジェクト・チーム」を設けて、「定着」「改善」「見直し」の3段階評価で検証を行った。
担当課と市民の意見も踏まえて行われた検証の結果、平成17年10月、プロジェクト・チームは、「市民委員会の設置」について「見直し」との判断を下した。「自主自立のレールづくりがなされた」こと、「『既得権化』、『補助のあり方』に対して見直しを求める市民意見も出されている」ことなどが理由である。
同様に、「市民による予算編成」についても「見直し」となった。
志木市ホームページ 志木市行政施策安定化プロジェクト〜市民と協働して運営する安定した志木市を実現します〜
「市民委員会の設置」の検証結果
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検証者
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検証結果
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理由
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担当課
(政策審議室)
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改善
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市政運営の基本理念である「まちづくりは市民自らが主体となって考え、行動し、市民及び市が協働して推進する。」とした設置の目的は変わらないが、市民委員会は平成13年11月に発足し4年が経過しており、自主自立に向けたレールづくりはできたことから、行政との関わりや協働のあり方等について検討していきたい。
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プロジェクト・チーム
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見直し
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市政運営基本条例の基本理念に基づき設置された市民委員会は、自主自立のレールづくりがなされたので、協働のあり方や運営経費(補助金)についても再検証の必要があると思われる。
市民参画や市民協働の必要性は今後も変わるところがないが、現在の市民委員会に対して、特に、「既得権化」「補助のあり方」に対して見直しを求める市民意見も出されているところであり、今後は市民委員会に代わる新たな市民協働のあり方を考える。
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市民意見
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定着 3
改善 7
見直し 12
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(省略)
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「市民による予算編成」の検証結果
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検証者
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検証結果
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理由
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担当課
(財政課)
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見直し
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事務量の繁雑化、人件費や消耗品費など経費が増加し、市民委員会からの増額要望も多く見受けられたことから、平成18年度以降の市民委員会による予算編成は行わない。しかし、市民への情報開示や市民の意見を広く聴きながら予算編成を行う。
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プロジェクト・チーム
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見直し
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事務事業の廃止や縮減が行われ、財政の縮小化が図られた。しかし、市民委員会の負担が多く、同様に市の事務量も繁雑化し、事務経費が増加している。また、市民意見からも見直しを求める声が多いため、市民委員会による予算編成は実施せず、市民への情報開示や市民の意見を聴きながら、予算編成を行う。
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市民意見
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定着 2
改善 1
見直し 16
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(省略)
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●この検証結果を踏まえ、長沼市長は、市民との協働については「縮小」との結論を出し、市民委員会設置要綱及び運営要綱、運営費補助金(年170万円)を廃止することになった。ここに、要綱により設置され、市長の委嘱を受けて活動してきた市民委員会の廃止が決まった。代わって、(仮称)市民協働運営会議という新たな組織を設置することも打ち出した。
●この日の最終全体委員会は、市民委員会側のいわば解散式に当たった。最終年度となった平成17年度の事業報告、決算報告、監査報告が承認され、会議組織としての活動に幕を引いた。
原藤光会長はあいさつで、4年で達するべきところまでは到達できたとの認識を示したうえで、市民委員会の自立を求める声、議会との難しい関係などが廃止の背景にあり、今後の市民協働は工夫が必要であると述べた。
一方、来賓として招かれた長沼市長は、厳しい財政状況下で平成18年度予算を組んだことを語ったうえで、今後は議会に説明責任を果たしていくとともに、(仮称)市民協働運営会議を通して市民との協働を続けると述べた。
●市長の後にあいさつした筆者は、市長・議会という法定された制度に活気を与える市民参加の仕組みも、長く続くと「制度疲労」を起こすものであり、4年くらいで一区切りつけて、新たな展開に望む方がよいとの所見を述べた。
全員公募の会議は、条例案や計画案づくりを目的として時限的に設けられることが増えているが、常設型の場合はゴールがないだけに、存在意義をどのように内部で意識し、外部に認めてもらうかは大変なことである。
筆者は最近、「なぜ市民参加が必要か」ということについて、これまで学者が述べてきたような、市民に保障された当然の権利であるという「権利論」とともに、法定された制度を活性化する効果があるからという「制度活性化論」を考えている。
後者の目的が大切であるとすれば、単に仕組みが長く続けばよいのではなく、「脱皮」することで、その目的をよりよく果たす姿になっていかなくてはならないと考える。志木市民委員会も、いわば「脱皮」の時期を迎えたのだと捉えている。
●とは言え、あいさつのなかで、「いまの状態で市民委員会を続けたい方は?」と問うと、数名から手が挙がった。文字になっている市民委員の感想など見ても、市民委員会の継続の必要を述べている方もいる。
全体委員会の後の懇親会でも、数名の方に話を伺ったが、「ちょうどいい区切りである」「議論ではなく行動する活動が必要である」といった意見がある一方で、「やめるべきではない」「2期やって要領がわかったので、3期目まではやりたかった」といった意見も聞かれた。
また、議会との関係がうまく築けず、議会の権限を侵す存在として目の敵にされたことが、廃止に追い込まれた最も大きな原因であると述べた方が、何人もいた。
議会に限らず、「行政施策安定化プロジェクト・チーム」を庁内に設け、穂坂時代に溜まっていた不満を吸収した経過を見ても、「市民による予算編成」などがもたらす仕事の増大に対しては、行政内部でも反発が強かったことが想像される。また、「行政施策安定化プロジェクト」の市民意見でも、「前市長の個人的諮問機関の域を出ない」「委員側に努力、研修、研磨、合意形成の苦労を要請し、実績への評価をきちんとすることが必要」といった、厳しい声も見られた。
●では今後、市民委員会や志木市の市民協働(志木市では「市民協働」という言葉が使われている)は、どのようになっていきそうなのか。
原藤会長も述べているが、志木市の市民協働は、前々市長の細田氏の「しき21市民会議」(2年任期だが、再任不可の全員公募の会議。1年目は学習期間で、2年目は提言活動などを行うもの)、前市長の穂坂氏の「志木市民委員会」と続いてきており、長沼市長の時代はいわば「第3ステージ」であると、市民委員会も市長も捉えている。
その「第3ステージ」として市長が打ち出したのが、前述の「(仮称)市民協働運営会議」である。その内容を長沼市長に尋ねたところ、まだ具体的な姿はないとのことであった。担当となる政策審議室としても、市民委員会から今後についての提案があるとよいのだが、ということであった。
初めてこういった会議を立ち上げる自治体と異なり、すでに第1・第2ステージとやってきているだけに、一ひねり求められるところが、志木市の大変なところではある。まずは、「なぜ市民協働(あるいは市民参加)か」というところをもう一度考え、その目的にとって効果的な会議とすることが必要なのだと思う。
一方、市民委員会としては、いまのところ、次のステージに関するまとまった提案などはないようであり、「(仮称)市民協働運営会議」ができたらできるだけ多くの人が応募するようにと、原藤会長が呼びかけるに止まっている。また、「行政施策安定化プロジェクト・チーム」の検証結果では、「自主自立のレールづくりがなされた」とされていたが、市民委員会の継承組織を、自主的に立ち上げ、運営するという話も、いまの時点では出ていない。
ただし、部会横断的に実践活動を伴って行ってきた「公園プロジェクト」については、有志で継続していくことが、全体委員会の場で表明されていた。また、ネット上では、市民委員会ホームページが衣替えして「志木市民委員会アーカイブス」となり、意見交換できるフォーラムの機能などを新設して、運営されていくことになっている。
●来賓あいさつのなかでも述べたが、志木市民委員会は、筆者にとっては、自分を育ててくれた場であった。公募による市民参加の調査研究をしていた筆者に声をかけ、第1期が立ち上がった当初の「デビュープレゼンテーション」というイベントで基調講演を任せてくれたのが、関わりの始まりであった。200名規模の前で話すのはそのときが初めてであり、そこで度胸がついたおかげで、その後はどこにでも出かけて行けた。
志木市と市民委員会の名前が有名になったおかげで、筆者も「志木市民委員会に関わっています」と言うと、経歴に箔が付いた。講師やコーディネーターを務めるときのプロフィールなどには、「志木市民委員会サポーター」などと書いたものである。最初の基調講演の後も、全体委員会で4回呼んでいただき、講演、シンポジウムコーディネーター、討議アドバイザーなどをやらせていただいた。また、市民参加の貴重な事例として、地方自治や市民参加の研究者のなかでは最も身近なところで、調査研究をさせてもらった。
2005年11月20日(日)に行われた平成17年度第2回全体委員会で討議アドバイスをした際は、番組の取材に来ていたNHKの目に留まり、2006年1月21日(土)に生放送された、市民参加の討論番組『日本の、これから』「本当に増税しかないのか?」に、原藤会長とともに、市民討論者の1人として出演させてもらうことができた。
そんな志木市民委員会がフィナーレを迎えたことには、一抹の寂しさはあるが、先にも述べたように、市民参加・協働の目的に照らして、最も効果的な方法がとられることが黄金律であることは、志木市の場合も変わりない。志木市民委員会の4年の経験が残した多くの教訓は、市民参加や協働にとっての大きな財産であり、これを志木市やその他の自治体で今後活かしていくことが、何より大切であろう。
志木市民委員会アーカイブス
※ 『季刊まちぽっと3号』(2005年1月発刊)の「市民・まち・アクションレポート」に「予算づくりの市民参加 志木市における『市民予算編成』」を収録しています。合わせてご覧ください。
※ 「志木市民委員会・平成15年度全体委員会開催」、「志木市民委員会の第2期が発足」、「志木市民委員会が来年度市予算編成を開始」、「志木市民委員会による市予算編成いよいよ大詰め」、「志木市民委員会による市民予算説明会開催」、「志木市の市民予算編成、来年度予算への反映結果」、「志木市民委員会が全体委員会を開催、市長勇退後に向けた動き」もご覧ください。
(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)
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