市民参加・協働のまちづくり
| [解説]自治基本条例の「自治体の憲法」としての論点 |
2005/5/13
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●2000年の地方分権改革(分権一括法の施行)で国−都道府県−市町村の関係が「水平」「対等」になったことを受け、自治体は、国の法律や政令・省令(合わせて「法令」と言う)に従って行う仕事が減り、自ら条例の制定などを通して形成した住民意思に基づいて、仕事を行うことが必要となった。
「日本国政府○○出張所」から「○○市政府」へと目に見える看板が変わったわけではないが、「論理的」にはそのように国と自治体のカタチが変わったのである。
●その「論理転換」を、国のレベルで定めた法律の変更だけでは十分とせず、自治体の側からも明確にしようとする取り組みが、自治基本条例の策定である。
市民の権利や責務、自治の制度や仕組みを定めた本格的な自治基本条例は、ニセコ町まちづくり基本条例(2000年12月公布)に始まり、2004年度末時点で約30自治体が制定済である。
東京都内では、杉並区、文京区、足立区、清瀬市、多摩市が制定済で、中野区、豊島区、練馬区、三鷹市、昭島市、調布市、国分寺市で策定中である。
●もっとも、自治基本条例は、それがないと自治体の法的な存立根拠がなくなるわけではなく、自治体の側からの「自治宣言」としての面が強い。また、憲法が国民の権利や義務、国の基本的な制度や仕組みなど「この国のカタチ」を定めるように、「自治体の憲法」と呼ばれ、実際に日本国憲法の構成・規定を参考にしてきた自治基本条例も、「このまちのカタチ」のような抽象的で理念的な内容にならざるを得ず、具体的な効力が見えにくい。しかも、「自治体の憲法」とは言え、国の法令に反することは規定できないため、自治体が個性的な規定を設ける余地は意外に小さい。
都政新報2005年4月26日版でも、東京26市の状況を取材したうえで、「自治基本条例策定への判断 必要性に疑問の声も」という見出しの記事が出ている。
●自治体の政策形成への市民参加を応援している筆者としては、当然、自治基本条例は幅広い市民参加によって策定すべきであると考えているが、一方で、自治基本条例の策定に参加することの魅力を市民にどう伝えればよいのかは、正直まだわからないところがある。個別テーマに関する条例や計画であれば、そのテーマで活動している市民には、具体的な政策を変えていけるとの期待を持ってもらいやすいわけだが。
そこで、いっそのこと、現在の憲法改正論議ではないが、「このまちのカタチ」という大きな視点での議論ができることをウリにしてしまうのも、1つの考え方である。個々のテーマに取り組むなかで、そもそも市民とは、そもそも行政とは、といったように、「そもそも」の部分に問題があると感じたことはないであろうか。自治基本条例づくりでは、「そもそも」のところで立ち止まって、そこを議論してみようというのはどうであろう。
●では、具体的にどんな「そもそも」があるのか、多摩市自治基本条例(2004年3月31日公布)と大和市自治基本条例(2004年10月7日公布)を題材に見ていきたい。
この2つを選んだのは、自治基本条例は、後発のものは先発のものの要素を大体備えたものになっているため、比較的新しいものを分析する必要があること。また、いずれも公募市民が主体となった会議が最初に案をつくり、それをもとに条例案がつくられるという、市民参加による策定であったこと(余談であるが、議会で修正が入ったことも、共通している)。そういった共通点の一方で、条例の構成・規定に、特徴的な違いがあること(以下で詳述)である。
●まず、第2章に基本原則を置く点は共通しているが、その内容が異なる。
ニセコ町まちづくり基本条例以来、基本原則には、情報共有と参加・協働といった「住民自治」(住民による自治、内部的な自治)に基づくものを入れる自治体が多い。自治体内部で完結したルールであるため、入れることは難しくない。多摩市はこのパターンである。
一方、大和市は一歩踏み込んでおり、法令自主解釈、財政自治原則、対等・協力原則といった「団体自治」(国からの自治、対外的な自治)に関するものも入れて、自治体としての自主自立をより具体的に表明している。
そもそも、国との関係をどう考え、自治体としての自主自立をどこまで表明するのか、という論点である。
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多摩市自治基本条例
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大和市自治基本条例
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(基本原則)
第4条 私たちのまちの自治は、市民の意思に基づき、次の各号に掲げる基本原則によって推進されなければなりません。
(1) 性別年齢などにかかわらず、市民一人ひとりの人権が保障され、その個性及び能力が十分に発揮されること。
(2) 市民、市議会及び市の執行機関がまちづくりに関する互いの情報を共有すること。
(3) 市民の自主的・自立的な参画が保障されること。
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(参加及び協働の原則)
第4条 市民、市議会及び執行機関は、自治を推進するため、それぞれの責務に基づいて参加し、協働することを原則とする。
(情報共有の原則)
第5条 市民、市議会及び執行機関は、情報を共有することを原則とする。
(法令の自主解釈)
第6条 市は、地方自治の本旨及び自治の基本理念にのっとり、自主的に法令の解釈及び運用を行うことを原則とする。
(財政自治の原則)
第7条 市は、自立した自治体運営を行うため、自らの判断と責任において、財源を確保し、使途を決定する財政自治を原則とする。
(対等及び協力の原則)
第8条 市は、自らの判断と責任において、国及び神奈川県と対等の立場で、協力することを原則とする。
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●市民の権利・責務(義務)を規定するのも、自治基本条例の役割となっている。なお、「義務」は「責務」より法的効力が強いとされるため、「責務」を使う自治体が一般的である。
責務(義務)としては、参加するにあたっての発言や行動に責任を持つことを挙げる自治体が多く、参加することそのものを強制することはしない。これは、日本国憲法も前提としている自由主義(リベラリズム)、つまり、個人の自由・権利の保障がまず大切であり、国家はそれを侵害してはならないという考えを、自治体でも当てはめているためである。多摩市はこのパターンであり、他にも、参加しないことで不利益を受けないという規定まである。つまり、自治基本条例は、実質的には、市民全般に自治への参加を期待するものと言うより、参加したい市民の権利を保障するものと言えるのかもしれない。
一方、大和市は、自治の主体として自治を推進する責務を挙げており、共同体としての自治体への貢献に若干踏み込んでいて、制定済の自治基本条例のなかでは異色と言ってよい。大和市は、都市内分権の制度である市民自治区構想を持っているが、それを支える条文であるとも言える。
そもそも、市民と政府(自治体)の関係をどう考えるのかという、社会契約理論などにも関わる論点である。
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多摩市自治基本条例
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大和市自治基本条例
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(市民の義務)
第6条 市民は、まちづくりに参画するにあたり自らの発言及び行動に責任を持つものとします。
2 市民は、前条で定める権利の行使にあたり、公共の福祉、次世代及び市の将来に配慮するものとします。
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(市民の責務)
第10条 市民は、自治の主体であることを自覚し、互いに尊重し、協力して、自治を推進する責務を有する。
2 市民は、政策形成等の過程に参加するに当たっては、自らの発言と行動に責任を持たなければならない。
3 市民は、行政サービスに伴う負担を分任しなければならない。
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●最後に、条例の構成に関わることである。
ニセコ町まちづくり基本条例以来、基本原則で掲げた情報共有、参加(参画)・協働について、後ほど章や節を立てて、改めて詳しく規定するというスタイルが一般的となっている。多摩市はこのパターンである。
特に、市民参加については、他にそれを定めた条例がないため、参加制度を規定することが自治基本条例の役割である、というイメージまで生まれた観がある。しかし、高橋秀行・岩手県立大学教授が言うように、参加の手法を詳しく規定し、参加の対象となる条例、計画、事業などを定め、どんな対象の場合にどの手法を使うといった「マッチングルール」が定められないと、実効性のある参加制度とはならない。それは、市民参加条例で行うべきであり、自治基本条例に無理に入れても中途半端になってしまう恐れがある。
大和市は、第6章第2節の執行機関のところで、市民参加(第18条)、行政評価(第20条)、情報公開(第22条)、個人情報保護(第23条)、行政手続(第24条)を網羅的に挙げ、それぞれの具体的な制度については個々に条例で定めるとしている。つまり、自治基本条例のなかで、例えば参加制度を中途半端に規定するのでなく、詳細は個々の条例に委任し、自治基本条例はそれらの制度を一覧化するというスタイルをとっている。「最高規範性」を謳う自治基本条例らしい定め方と言える。
そもそも、自治基本条例が「自治体の憲法」たりうるとしたら、どんな構成・規定を備えるべきかという論点である。
●また、該当条文があるわけではないが、「市民の実情」をどう捉えるかというのもある。NPO法の制定などもあり、市民の公共活動への関心の高まりが見られる一方、若者を中心に「ミーイズム(自己中心主義)」が広がっているのも事実である。市民意識がこれからどうなっていくのかを予想するのは、最も根本的な「そもそも」である。
他にも興味深い論点はたくさんあるが、あとは学習会などの場でお話できればと思う。なお、この記事も、2005年5月11日(水)に行った、小平・生活者ネットワークの学習会で話した内容がもとになっている。小平市は、2005年4月に就任した新市長のマニフェストに従って、6ヶ月以内に自治基本条例づくりに着手することになっている。
●近代の西欧において、帝国や教会に代わって国家が主権団体となり、王や封建領主に代わって国民が主権者となり、国家運営の原則は民主主義となった。その後、その枠組みが世界各地に広まって、日本でも西欧で生まれた国民主権、民主主義を採用している。地方自治においても、自治体と市民の関係は市民自治(住民自治)、自治体運営の原則は民主主義という点は変わらないであろう。
民主国家における憲法は、王や封建領主に国民の要求を呑ませるものではなく、主権者自らが生み出した政府、実際に自分や家族もその一員となるかもしれない政府を、いわば自己規律するものである。同様に、自治体における自治基本条例も、向こう側にいる行政や議会に突きつけるものではなく、いつか自分も市民から信託された権限を行使する側になるかもしれない、あるいは自分の支持しない人が市長になるかもしれない、でもどんな場合でも、市民自治のルールとして、誰もが守らなくてはならないよ、というものである。
自治基本条例づくりは、現在の憲法改正論議とちょうどオーバーラップして、自治権者、あるいは「自治の主権者」である市民として、いろいろな「そもそも」を考えてみるよい機会になるのではないかと思う。
※ 緊急企画「10年後、あなたと自治体の関係はどうなっている?」にぜひご意見をお寄せください。
※ 「[解説]『参加』と『協働』はどう違うのか?」、「[書評]市民自治の憲法理論 <憲法記念日に読む一冊>」もご覧ください。
(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)
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