まちづくり支援 東京ランポ 東京ランポは、市民主体のまちづくりを支援する非営利団体です。
http://www.la-npo.org/
ホーム | ランポを知る | ランポの活動・主張 | ランポに参加する | ランポに依頼する | そのほか
まちづくりニュース

市民参加・協働のまちづくり
専門家と対話するワークショップの技法的な感想
2005/3/11


以前のニュースでもお伝えしたが、筆者は、市民参加研究会(代表:若松征男・東京電機大学理工学部教授)が主催し、笹川平和財団の助成を受けて行った、「市民が考える脳死・臓器移植−専門家との対話を通じて−」というワークショップで、ファシリテーターを務める機会があった。
 ワークショップは、2005年1月から3月にかけて、4回にわたって開催された。主催者によって公募選考された17名(途中1名が仕事のため離脱)の「市民パネル」が議論の主体であり、脳死・臓器移植に関して、その「是非」ではなく、「いま社会として何をどう考えるべきか」について「市民の提案」をまとめることが目的であった。また、1日目と3日目に、移植医、救急医、移植コーディネーター、移植経験者、倫理学者、法律家、市民団体、ジャーナリストなどの「専門家」から情報提供を受け、意見交換するというのが、このワークショップの大きな特徴である。
 4日間の流れは、次の通りである(ワークショップ資料より)。
第1日目 基礎知識をまなぶ 1月29日(土)午前10時〜午後5時 日本教育会館
 専門家や説明者の情報提供を受け、脳死・臓器移植に関する基礎知識を学習します。
第2日目 鍵となる質問をつくる 2月5日(土)午前10時〜午後5時 科学技術館
 第1日目の情報提供を受けて、疑問・不安・意見・感想などを出し合って議論し、専門家に対する「鍵となる質問(KQ=Key Questions)」をつくります。
第3日目 専門家と対話する 2月26日(土)午前10時〜午後5時 日本教育会館
 市民パネルが、専門家(情報提供者)と直接対話し、市民パネルによる「鍵となる質問(KQ)への回答を受け取ります。
第4日目 市民の提案をまとめる 3月5日(土)午前10時〜午後5時 日本教育会館
 第3日目までの成果を踏まえて、脳死・臓器移植に関して「いま社会として何をどう考えるべきか」について「市民の提案」をまとめます。

●ワークショップの内容は、主催者に帰属するものであるため、具体的な内容の紹介は、ここでは行わない。4月23日(土)に、ワークショップの成果と分析・考察を広く社会に向けて発表する、公開シンポジウムが開催される(時間・場所など詳細は未発表)ため、ご関心のある方は、ぜひそちらにご参加いただきたい。
 今回の筆者の役割は、主催者が設計したプログラムに沿って、ワークショップを進行することであった。そこで、以下では、技法的な側面に限って、感想を述べたい。

●まず、このワークショップは、当日くじ引きによって決められた3つのグループによる「グループ討論」と市民パネル全員が一堂に会する「全体会」の繰り返しで進んだ。グループ討論は、少人数であるため、市民パネルとしても発言しやすいのだが、全体会になると、発言が少なくなってしまうことが、初めのうちはあった。
 そのため、専門家に対する「鍵となる質問(KQ)」を決める2日目最後の全体会では、よく発言する特定の人の意見ばかりが聞かれた。しかも、KQの長さや盛り込める内容の数を柔軟にしていたことも問題であった。つまり、コップの「容量」が決まっていなければ、いくらでも「水」を注ぎ足せてしまう。他人の意見をわざわざ批判してまで、対立したい人はいないのだから、ある人の意見に積極的に賛成はしないけど、「容量」があるのなら入れてあげてもいいのでは、というような雰囲気で、1人が言っているに過ぎない意見が、全体の結論である「鍵となる質問(KQ)」に入りそうになる、ということが起こってしまった。
 そこで、4日目の「市民の提案」を決める全体会では、ある人の意見について、積極的に賛同の意思を示す人が2人以上出ない場合は、その意見は検討の対象としない、というルールを設けて臨んだ。その結果、市民パネル内で一定の支持を得られている意見に絞って検討することができ、限られた時間のなかで合意形成することに役立った。
 議論(対話)を促し、合意を形成するには、結論の「容量」「枠」が決まっていればよい。限られた「容量」「枠」に自分の意見を入れ込むために、自ずと議論が勃発するからである。もし、今回のように、「容量」「枠」が柔軟である場合には、提起された意見が一定の支持を得ない限りは、結論に盛り込む候補になる資格がないというような、「足切りルール」を設けておく必要があるであろう。

●次に、このワークショップでは、市民パネルが自分の意見を付箋(ポストイット)に書き出すことが多かった。また、グループ討論のテーマも、付箋をどう分類するかが占める割合が大きかった。つまり、「脳死・臓器移植について自分はこう考える」という「議論」が、市民パネル同士では最後まで行われることなく、各自が表明した意見を分類して、専門家への「鍵となる質問(KQ)」や「市民の提案」を構築していくという「作業」が、主体となってしまったように思われる。
 そのため、3日目に、専門家が各グループのテーブルを順次訪ねて、市民パネルと対話をするという、このワークショップのハイライトでも、各自が各様に持っている質問や意見を、個々別々にぶつけることになってしまった。専門家からも、もっと市民同士で議論した結果を聞いて、意見を述べたかったというような感想が聞かれた。
 「脳死・臓器移植の是非」も含めた議論を市民パネル同士がすれば、自分の当初の考えを、他の市民パネルの考えに照らして深めることができ、他者との意見の相違が契機となって、「いま社会として考えるべきこと」もより見えてきたに違いない。そういった場がなかったために、ワークショップの前後で全く主張していることが変わらず、終始ずっと「反対」という人も見受けられたように思う。

●専門家への「鍵となる質問(KQ)」にも入っていたし、3日目の専門家との対話のなかでも大きな話題の1つになったのが、「社会的合意」の条件についてであった。この問いに対し、ある専門家は、「経験がないことを判断するときには、専門家を集めて討論し、決めていくしかない」ときっぱりと言い切っていた。市民が専門家と対話して自ら提言していく、今回のワークショップとは正反対の考え方であるが、1つの考え方として面白いと思った。
 社会的合意を形成していくうえで大切なのは、どんな情報のもとに、誰が判断するのか、ということである。「誰が」という点は、形式的には、内閣や国会、首長や地方議会といった政治指導者ということになるが、実質的には、行政であったり、専門家の委員会であったり、市民参加の会議であったりしており、現在は流動化の時期といってよいであろう。
 むしろ、もっと大切なのは、「情報」という視点であり、あることを判断するために必要な情報が集められているのかである。従来であれば、行政や専門家がより多くの情報を持っているということで、判断する主体(「誰が」)をも担ってきたわけであるが、その情報は、十分な学習をしていない市民が思いつきで答えた意識調査のようなものであるか、当事者になった市民のケース・スタディ(事例研究)といった、両極端のものではなかったであろうか。
 今回のワークショップは、普通の市民が、様々な立場の専門家や当事者(移植経験者)から情報提供を受けたうえで、どう考えるのかという意味で、これまでにない新たな「情報」を生み出している。判断する立場に市民がなるかは別として、政治指導者にせよ、行政にせよ、専門家にせよ、今後は、内容を理解した普通の市民の意見という「情報」も踏まえて、社会的合意を形成していく必要があるように思われる。

●もっとも、いま「普通の市民」と言ったが、新聞での募集記事などを見て、ワークショップに参加しようと思い立った市民は、果たして「普通」なのかというのはある。ワークショップの全日程が終了した後に、説明者(専門家とは別に、基本的な情報提供を行う運営スタッフ)の1人と話したところ、「それほど驚くような結論にはならなかった」という感想を述べていた。もともと関心のある人が学習をすると、かえって納まりのよい、予測可能な範囲の結論になってしまう面はあるのかもしれない。
 公募ではなく、陪審員制度のような無作為抽出が必要というのは、よく言われることではあるが、運営コストをどう負担するのかといった壁に当たって、日本では当面実現の見通しはなさそうである。いまのところ、現に可能な市民参加の方法は、やはり公募であり、その特徴を理解したうえで活用することが、現実的な対応であろう。

 若松征男教授ホームページ 市民が考える脳死・臓器移植−専門家との対話を通じて−

市民と専門家が対話する会議手法の創造に向けて「『市民討議会』をきっかけに参加手法について考えたこと」「地球温暖化問題で討議制意見調査の試み」もご覧ください。

(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)

[ ページの先頭に戻る | ホームに戻る ] ( 更新)
まちづくり支援・東京ランポ copyright(C) Tokyo LA-NPO 2003 All Rights Reserved.
当サイトに掲載された記事・写真・図表等の無断転載を禁止します。詳しくは「このサイトについて」をご覧ください。