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市民参加・協働のまちづくり
・先日、筆者は、故郷である福岡県志摩町に行く機会があった。家族行事に出るためで、仕事で行ったのではなかったのだが、たまたま故郷の変化を感じる出来事に出会った。 ・志摩町は、福岡市の西隣にあり、玄界灘に面する糸島半島に位置する。農業や漁業が盛んな一方で、鉄道・道路の改善により、福岡市への通勤者の住宅も増えている。風光明媚な海岸線を求めて、ドライブや海遊びに訪れる人たちも多い。ちなみに、2001年のNHK大河ドラマ『北条時宗』の蒙古襲来のシーンは、志摩町の幣(にぎ)の浜で撮影された。 ・2004年3月7日(日)午前9時30分〜午後3時30分、志摩町総合保健センター「ふれあい」で、「子どもとともに志摩の魅力を再発見〜志摩の宝さがし〜」と題したイベントが行われた。主催は、九州大学大学院人間環境学研究院地域貢献専門委員会、志摩町、志摩町教育委員会。後援に、交流志摩専科(交流しませんか)「志摩町民大学」。 ・このイベントは、平成15年度、九州大学が志摩町に働きかける形で取り組んできた、「志摩町コミュニティ・ルネサンス・プロジェクト」の「志摩っ子いきいき事業」の一環で行われた。このプロジェクトは、留学生との交流を行う「出会いどきどき事業」、写真を使ってマッピングを行う「まち再発見わくわく事業」、そして、まちで活躍する人々に焦点を当てる「志摩っ子いきいき事業」の3事業から構成されている。 ・今回のイベントでは、校区ごとに小学生が地域紹介を行い、その内容をもとに、町に6つある地域づくり推進協議会の会長、志摩町長をパネリストとして、南里悦史・九州大学教授がコーディネーターを務める、パネルディスカッション「志摩の地域づくりを考える」が行われた。その後、志摩町で活動するNPOとして「福岡ライフセービングクラブ」の活動紹介があり、昼食後は、4つに分かれての分科会が行われた。 ・「福岡ライフセービングクラブ」は、海岸で水難救助や清掃を行ったり、そのための講習会を開くなどの活動を行ったりしている。面白いのは、人を助ける技術・知識や精神を多くの人が身に着けることを通して、「人に優しいまち」をつくりたいと考えていることである。2003年8月24日には、広報活動として「志摩人ぬ宝」コンサートを企画し、BEGINの『島人ぬ宝』の曲に合わせた、志摩町独自の歌詞を志摩中学校生徒から募集・選考した。なお、この歌は、今回のイベントの閉会時にも合唱されている。 ・午後は、(1)子どもの目から見た志摩再発見、(2)ここに幸あり〜姫島の地域づくりに学ぶ〜、(3)職人さんや芸術家の方たちから見た志摩、(4)志摩のコミュニティ・ビジネス、の4分科会が行われた。 ・第2分科会に登場する姫島の地域づくりについては、筆者の父・庄嶋廣晴が、志摩中学校姫島分校の教頭をしているため、父に取材したことをもとに、若干紹介しておきたい。 ・島には、漁協、部落会、PTAなどの役員、教師、町職員など20人ほどからなる、姫島振興委員会というのが、島の総意を代表する機関となっている。 ・都会のコミュニティでは、こういった住民を代表する(と考えられる)委員会と、住民一般の間でのコミュニケーションが必ずしも密ではなく、委員会で話し合ったことを住民に浸透させるのは一苦労である。 ・筆者の心のなかでは、故郷である志摩町は、いつまでも「古き良き田舎」であったのだが、久々に見てみると、「まちづくり」や「NPO」といった、私たちが「都会」で取り組んでいるようなものが、少しずつ広がっていることがわかった。その風は、九州大学や福岡ライフセービングクラブのような外部から吹き込まれた面も大きいが、外の目で見直されることがきっかけとなって、地域のよさが再発見されることも大切であろう。また、美しい海岸が、ライフセービングにつながり、さらに「人に優しいまち」につながるといった、「NPO」という「外来」の思想と、地域固有の風土が結びついて、地域の新しいよさを生み出すというのも、現在ならではの展開である。 ・「まちづくり」が成功するかは、活動に携わる人が、地域に根っこを張れるかにかかっていると思う。筆者の根っこには志摩町の土が付いており、どこに移植されても、その土は養分を供給し続ける。今回はあまり時間がとれなかったが、また改めて、自分の故郷のことを取材してみたい。 (東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広) |
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