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まちづくりニュース

市民参加・協働のまちづくり
[雑感]故郷の変化を感じた出来事−福岡県志摩町
2004/3/11


・先日、筆者は、故郷である福岡県志摩町に行く機会があった。家族行事に出るためで、仕事で行ったのではなかったのだが、たまたま故郷の変化を感じる出来事に出会った。

・志摩町は、福岡市の西隣にあり、玄界灘に面する糸島半島に位置する。農業や漁業が盛んな一方で、鉄道・道路の改善により、福岡市への通勤者の住宅も増えている。風光明媚な海岸線を求めて、ドライブや海遊びに訪れる人たちも多い。ちなみに、2001年のNHK大河ドラマ『北条時宗』の蒙古襲来のシーンは、志摩町の幣(にぎ)の浜で撮影された。

・2004年3月7日(日)午前9時30分〜午後3時30分、志摩町総合保健センター「ふれあい」で、「子どもとともに志摩の魅力を再発見〜志摩の宝さがし〜」と題したイベントが行われた。主催は、九州大学大学院人間環境学研究院地域貢献専門委員会、志摩町、志摩町教育委員会。後援に、交流志摩専科(交流しませんか)「志摩町民大学」。
 
筆者は参加できなかったのだが、当日の配布資料を入手し、担当課に電話取材することができた。

・このイベントは、平成15年度、九州大学が志摩町に働きかける形で取り組んできた、「志摩町コミュニティ・ルネサンス・プロジェクト」の「志摩っ子いきいき事業」の一環で行われた。このプロジェクトは、留学生との交流を行う「出会いどきどき事業」、写真を使ってマッピングを行う「まち再発見わくわく事業」、そして、まちで活躍する人々に焦点を当てる「志摩っ子いきいき事業」の3事業から構成されている。

・今回のイベントでは、校区ごとに小学生が地域紹介を行い、その内容をもとに、町に6つある地域づくり推進協議会の会長、志摩町長をパネリストとして、南里悦史・九州大学教授がコーディネーターを務める、パネルディスカッション「志摩の地域づくりを考える」が行われた。その後、志摩町で活動するNPOとして「福岡ライフセービングクラブ」の活動紹介があり、昼食後は、4つに分かれての分科会が行われた。
 
小中学校の児童・生徒、教員、PTAをはじめ、地域づくり推進協議会のメンバー、志摩町民大学の受講生、民生委員、町職員、九州大学の教官や院生など、約300人が参加した。

・「福岡ライフセービングクラブ」は、海岸で水難救助や清掃を行ったり、そのための講習会を開くなどの活動を行ったりしている。面白いのは、人を助ける技術・知識や精神を多くの人が身に着けることを通して、「人に優しいまち」をつくりたいと考えていることである。2003年8月24日には、広報活動として「志摩人ぬ宝」コンサートを企画し、BEGINの『島人ぬ宝』の曲に合わせた、志摩町独自の歌詞を志摩中学校生徒から募集・選考した。なお、この歌は、今回のイベントの閉会時にも合唱されている。
 
志摩の美しい海岸を求めて多くの人がやってくるが、ゴミをその場に捨てて行くなどマナーが悪い。ユニフォームに身を包み、海岸でそのゴミを拾い集める姿は、筆者の家族も見かけて知っていた。
 
福岡ライフセービングクラブホームページ

・午後は、(1)子どもの目から見た志摩再発見、(2)ここに幸あり〜姫島の地域づくりに学ぶ〜、(3)職人さんや芸術家の方たちから見た志摩、(4)志摩のコミュニティ・ビジネス、の4分科会が行われた。
 
筆者は参加していないため、詳細はわからないが、教育関係者、漁業関係者、芸術家、コミュニティビジネスの実践者など、志摩町で地域づくりに取り組む、多様な人たちが集まったのは興味深い。

・第2分科会に登場する姫島の地域づくりについては、筆者の父・庄嶋廣晴が、志摩中学校姫島分校の教頭をしているため、父に取材したことをもとに、若干紹介しておきたい。
 
姫島(ひめしま)は、志摩町の西方に浮かぶ離島で、町営渡船で20分のところにある。分科会で配布された資料によると、人口212人、51世帯で、65歳以上の割合は21.7%。産業の中心は漁業である。
 
姫島の年齢層/性別の人口構成を見ていると、面白いことに気づく。10代の42人に対して、20代は8人に減るのだが、30代になると26人に盛り返している。その後、30代から60代までは20人台後半で一定している。父によると、一度島を出た若者たちが、お嫁さんを連れて戻ってくるのだという。また、児童・生徒数を見ると、平成5年までは10人台に低迷していたが、平成10年以降は30人台後半〜40人台前半に、大きく増えている。やはり父によると、各家庭が島の将来を意識して、子どもを多く産んだからだという。

・島には、漁協、部落会、PTAなどの役員、教師、町職員など20人ほどからなる、姫島振興委員会というのが、島の総意を代表する機関となっている。
 
他の離島の例に漏れず、昭和50年ごろには、漁業後継者や花嫁の問題が大きなテーマであったが、そういったテーマもこの振興委で取り組んできた。その結果、漁業のためにも海を汚さないことや、お嫁さんが来やすいようにするため、し尿処理の水洗化を提言し、町で最初に水洗化が完了した。
 
また、女性の就労の場確保に向けても検討を進め、保育士や介護福祉士の資格取得を推奨して、高齢化にも対応した対人サービスで雇用を創出しようとしているという。
 
このように、振興委が中心となって、島民が島の将来に明るい希望を持てるような取り組みをしている。その成果が、上述の人口構成に表れていると言えよう。

・都会のコミュニティでは、こういった住民を代表する(と考えられる)委員会と、住民一般の間でのコミュニケーションが必ずしも密ではなく、委員会で話し合ったことを住民に浸透させるのは一苦労である。
 
その点、人口200人ちょっとの島では、冠婚葬祭は島ぐるみ、学校の運動会も島民全体の運動会であり、学校の草むしりなどは頼まなくても勝手にやり、魚の水揚げも手が空いていれば一緒にやって、手伝ったら分け前をもらう。そんなわけで、島民はみな顔見知りであって、振興委も島民のより直接的な委任を受けているので、振興委で話し合ったことにみんなが意思を団結させることも可能である。
 
私たちが、都会で「まちづくり」などと言って苦労していることと比較しても仕方ないのだが、住民同士が地域のために協力しあう具体的な姿が、日本のどこかにあることは知っておいてもよいだろう。また、島であれば、どこでもこうなのかと言えば、必ずしもそうではない。福岡県内の他の離島や山村では、人口減や後継者不足がますます深刻化しているところもあるのだ。
 
平成の初めころ、志摩中学校姫島分校(筆者の父が現教頭)の本校への統合問題が起こったが、振興委は反対決議を行い、島内に学校を残す選択をした。先ごろ、文部科学省が、父母などが学校の運営を行う「地域運営学校(コミュニティ・スクール)」の制度化を打ち出して話題になったが、その根底にある「おらが学校」の発想も、姫島の島民のなかでは、当たり前のこととして息づいている。

・筆者の心のなかでは、故郷である志摩町は、いつまでも「古き良き田舎」であったのだが、久々に見てみると、「まちづくり」や「NPO」といった、私たちが「都会」で取り組んでいるようなものが、少しずつ広がっていることがわかった。その風は、九州大学や福岡ライフセービングクラブのような外部から吹き込まれた面も大きいが、外の目で見直されることがきっかけとなって、地域のよさが再発見されることも大切であろう。また、美しい海岸が、ライフセービングにつながり、さらに「人に優しいまち」につながるといった、「NPO」という「外来」の思想と、地域固有の風土が結びついて、地域の新しいよさを生み出すというのも、現在ならではの展開である。
 
一方で、姫島にあるような、文字通り顔の見える地域のつながりに、「まちづくり」や「NPO」の方が学ぶことも多い。なお、第2分科会のタイトルになっている、「ここに幸あり」とは、姫島を舞台にした映画(2003年公開、けんもち聡・監督)のタイトルである。この映画には、姫島出身の若手俳優、須田邦裕さんが出演しており、この日の分科会にもパネリストとして参加した。姫島の風土で育った人が、外の世界に飛び出して活躍するのも楽しい展開である。
 
ここに幸ありホームページ

・「まちづくり」が成功するかは、活動に携わる人が、地域に根っこを張れるかにかかっていると思う。筆者の根っこには志摩町の土が付いており、どこに移植されても、その土は養分を供給し続ける。今回はあまり時間がとれなかったが、また改めて、自分の故郷のことを取材してみたい。

 志摩町ホームページ

(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)

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