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事業報告


都市計画関連のまちづくり 次世代都市構想研究会
第2回次世代都市構想研究会 議事要旨


日時:2002年5月18日(土) 14:00〜17:30  会場:東京ランポ事務所・地下会議室
参加者(15名):浅野幸子、蔵方博史、K、佐藤節子、藤原美佐子、森田朱香、横畠奈緒子、横山大輔【一般】
          佐々木貴子、庄嶋孝広、辻利夫、早川淳、林和孝、深田祐子、山内洋【理事、スタッフ】
必読テキスト:『公共性の概念をめぐって』(林和孝)
         『(第2版)公共性の構造転換』の「1990年新版への序言」(ユルゲン・ハーバーマス) 未来社

テーマ:公共性の検討
公共性・公共圏・公共空間について考える  報告者:林 和孝(東京ランポ理事)
 「公共性」の定義は人によって異なる。例えば、生協は、加入脱退の自由はあるが、不特定多数にサービスしないメンバーシップという意味では公共性がない。一方で、デパートや八百屋は、私的資本がやってはいるが、不特定多数が相手という意味では公共性があるとも言える。
 日本国憲法は、ロック『市民政府論』に基づいている。ロックモデルは、市民社会と政府から成り立つ。自然法のなかで暮らしている人民が契約を結んで市民社会を作り、市民社会は自然が与えてくれた権利を放棄して政府に信託する。そのため、信託に違反したら、人民は革命を起こしてもよい。一方で、ロックモデルは、NPOのような中間組織を想定していない。
 公共性が官僚の独占物ではないという認識は、1997年の行政改革会議『最終報告』でも示されている。ワイズブロッドの説では、一元的な給付をする政府では応えられない需要の隙間を埋めるところに、NPOの役割がある。また、センによれば、障害者か健常者かといった「潜在能力」には差があるので、同じ給付を受けても、人によって生活の向上には差が出てくる。そのため、市民の方から自分のニーズを満たすための活動を起こすことが重要になる。
 日本では、政府だけが公共性を担うという発想である。公益法人も、行政が「審査」して公共性を分かち与えることで成り立っている。報告者らが運動して作ったNPO法は、形式的に要件を満たすかをだけを見る「認証」で済ませる革命的なものである。そこには、公共性は政府だけが担うのでも、政府が分かち与えるのでもなく、市民が持っているという発想がある。
 公共性は何によって決まるのか。価値としての公共性と手続きによる公共性という2つの考え方がある。基底的な価値、例えば、生命の尊さなどは、公共的な価値と言えるのではないか。但し、価値は甲乙つけがたいため、それを決める手続きが重要になってくる。国民の代表である国会議員が国会で決めれば、それが公共的であるという考え方である。いずれにせよ、公共性とは、我々に共通するものをコミュニティに参加している人が承認しているものだと言える。
 政党は、市民社会と政府との架け橋であるが、日本の場合、段々と市民社会から足が離れている。もともと日本の政党は、ドイツ社会民主党やイタリアの政党などと異なり、政治的機能だけを担ってきた。その意味でも、文化的、社会的機能は、NPOが担っていくのではないか。
 市場は、不特定多数に開かれているため、公共性があると言える。しかし、市場競争の枠組みは、公共的に決定されている。つまり、環境規制のような社会的に決められた規制を受容したうえで成り立つものであり、受動的な公共性であると言える。
 ロックモデルに従って見てきたが、直接民主主義と中間組織をどう取り込むかが、ロックモデルの修正の方向性として出てくる。また、報告者としては、市民的公共性と国家的公共性を対立させる考え方ではなく、社会の公共性、政府の公共性、市場の公共性を全部くくって公共性とするという、欲張った考え方に立っている。

ハーバーマスの『公共性の構造転換』  解説者:林 和孝、早川 淳(東京ランポ理事)
 絶対主義の公共性がブルジョワ的な公共性に変わることを、ハーバーマスは「公共性(公共圏)の構造転換」と呼んだ。絶対主義の時代に、活字メディアが登場し、サークルやサロンで政治が語られるようになって、ブルジョワがパブリックオピニオンを形成するようになった。それまで王政が独占していた公共性が、ブルジョワにまで拡大した。
 ただ、後期資本主義社会になると、公共性(公共圏)はさらに再転換する。貨幣が浸透し、行政権力が介入することで、生活世界は自律性を失う。この「生活世界の植民地化」ゆえに公共性は腐蝕するとしたのが、1960年代に書かれた『公共性の構造転換』の結論であった。しかし、1990年新版の序言では、必ずしもそうでない時代が来たと再考している。

参加者同士の議論
企業の公共性について
・日経新聞に、明和地所の決算関連の記事が出ていた。国立市のマンション建設でもめたことで、売り出しの遅れが発生するなど、業績が落ちているという。企業も住民に紛争を起こされるのはデメリットだというのが、こういった経験を通してわかってくるのではないか。
・現在は、民間は正しいという風潮があるが、民間も公共性の意識を持たなくてはならない。
・消費者が購買行動を通して、企業を選別する。しかし、それだけでは限界があるので、政府が介入する。
・例えば、環境にやさしくない活動をしている企業について、NPOが消費者に知らせることで、生産者と消費者の間にある情報の非対称性を克服し、消費者が多様な情報を考慮して購買行動がとれるようにする。
・望ましくない企業活動をしていないかを株主が監視し、問題があれば総会の決議に上げる。通らなくても経営方針に影響を与えることはできる。
・社会的責任投資など、投資家もよい活動をしている企業を評価して投資する。
NPOが担う公共性について
・日本にはもともと、政府と社会の間に中間領域がなかったが、これからNPOが中間領域となっていくのでは。
・これまで中間集団を担ってきたのは政党だったかも。次世代ではそれをNPOが担うのでは。
・アメリカでは、NPOが地域におけるエスニシティの問題に取り組んだりしている。
・ロックモデルでは、公共的なものを政府に信託している。でもそこまでは信託してないよ、というものが出てきてもよい。そこで、ロックモデルの補正が必要になる。
・議会で決めることを少なくしていく。社会で決めることが増えていき、それをNPOがやってもよい。
・政策的なNPOが必要になってくる。現行NPO法では、NPOは政治的活動をしてはいけないが、現実には別団体を作ってロビーイングをやるなど、多元的に活動している。

(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)
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