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事業報告


カレッジランポ特別講座(2006年12月7日開催)
市民社会の新たな可能性を考える
〜ポートランドにおける市民参加とコミュニティ自治活動の事例から〜


 講師 : スティーブ・ジョンソン(ポートランド州立大学教員)
 通訳 : 岡部一明(東邦学園大学助教授)
 日時 : 2006年12月7日(木) 10〜12時
 会場 : 全労済東京本部会議室

 市民社会論、ソーシャル・キャピタル論などで、日本でもよく知られるロバート・パットナムはアメリカ社会におけるソーシャル・キャピタル(市民社会を支える市民相互のつながり)の衰退現象のなかで、近著『BETTER TOGETHER』において、アメリカで最も市民参加の盛んな都市としてポートランドを取り上げ、その原因に言及している。スティーブ・ジョンソン氏はそのポートランドにおいて長く環境NPOの活動を続け、市民参加の発展に関わってきている。今回、カレッジランポ特別講座として、ジョンソン氏がポートランドにおける市民団体、ネイバーフッド(住民自治組織)の活動と市民参加の実態を通して、市民社会の新たな可能性について講演した内容の概要を紹介する。

■伝統的市民組織から時代に対応した新たな市民組織の台頭
 オレゴン州ポートランド市は人口54万人、周辺地域を含めた都市圏で人口は200万人。太平洋に近く、周囲を火山も含む多くの山に囲まれ、川、湖があり、緑の多い、自然豊かな地域である。ここでは、ポートランドにおける30年間の市民活動の経験を踏まえ、次の2つのことについて話す。
@コミュニティのストーリーの大切さ
A群集の知恵について

 ロバート・パットナムは著書の「BOWLING ALONE」で、60年代以降から市民の活動、社会的つながりが減退していることを述べている。市民活動、市民団体への参加者の減少、市民参加の減退、参加の質の低下(極端な活動、対立の増加など)、公聴会、パブリックミーティングなど公的会議への参加も衰退している。また、家庭で人をもてなすことも、家族が夕食を共にする機会も減少し、教会への参加も低下している。慈善活動への寄付金も60年代をピークに減少、世代間の信頼関係も低下している。この現象は、経済的価値との関連についても議論されている。社会的つながり、信頼の不足により、軋轢、社会統治のコストが大きくなり、経済的にも不効率となる。
 パットナムは、さまざまな社会的つながりの減退の原因として、テレビなどメディアによる影響と、世代間の、第2次世界大戦を経験した父親世代とその下の世代とのギャップをあげる。こうした社会的つながりが薄れていく傾向が全米的に見られるなかで、新著の『BETTER TOGETHER』では、社会的つながりが維持されている、発展している例を取り上げているが、パットナムはその1つとしてポートランドに注目した。ポートランドは他の都市と明らかな違いがある。地域に100ぐらいの住民自治組織(ネイバーフッドアソシエーション)があり、有給のスタッフを擁し、多くの人がボランティアで参加している。オレゴン州全体でも多くの市民がさまざまな計画作成に参加するなど、市民の社会参加は活発である。
 ポートランドは、自転車の街、歩ける街、サスティナブルな政策の実施、ベジタリアンが多い街、知識の啓発活動、クリエイティブな活動を行なう若い世代にとって最も魅力ある都市であるとして、そうした分野の雑誌などから授賞されている。若い起業家や女性の起業家の割合も一番多いとされる。ほかの街からポートランドに移住した人は、クリエイティブなことができる都市、環境を大事にする都市、市民参加への関心が高くて、住みよい街など明確な理由をもって来ている。それが、ポートランドのストーリーである。
 ポートランドの市民活動・参加が活発である原因、背景を分析すると、伝統的な古い型の市民団体、市民参加に代わって、1970年代以降、時代の状況に対応した新しい市民団体が増大し、ユニークな活動を成し遂げてきたことが分かる。古い型の住民組織は1960年代をピークに70年代以降、大幅に消えていった。1500ぐらいあったが、その後1999年には17%しか残っていなかった。1970年代、若い世代はベトナム反戦、環境保護などいろいろな活動に参加したが、伝統的組織ではそれらの活動に対応しなかったので、新しい組織をつくって取り組み、そこから新しい市民グループが次々と誕生した。伝統的市民組織は、時代の流れに適応せず、自身の活動を革新できず、市民に市民活動、市民参加の新たな手法、知識、技術などを提供できないといっことから、消えていったのである。こうした伝統的組織に代わって、今では時代の要請にあったアドボカシー、社会サービス、ビジネス、アートと文化などの創造的市民組織が活発に活動している。
 70年代に活動の基礎を築いた新しい市民グループの人々はその後、市のコミッションなどの行政機関などに入っていったが、その世代も、今は新たな価値観をもった、IT活動などを展開する若い世代にチャレンジされている。彼らは、移民への対応ができていないことを批判するなど、市政に対し時代に合ったイノベーションを求める活動を展開している。
 70年代世代の指導者のタイプは、自分がすべてをリードするのではなく、参加する市民が活動しやすいように場を動かしていくファシリテートするようなタイプで、これが最も効果的である。ポートランドの革新的事業、施策の多くは、こうした市民が参加し、解決案を提示してきた。公園、大学、高速道路、海辺などの公共施設の課題解決は、中心街のビジネスのリーダーや市長がやったのではなく、実際は市民団体が提案し、実現したのが実態だ。多くの人は都心部のビジネスリーダーと思っているが、最初は彼らは反対した。実際は市民の団体が推進した。ビジネスリーダーもずっと反対ではなく、一定の段階ではリーダーシップを発揮したが、公園づくりなどを支え、推進したのは市民の団体である。

■市民参加を支える市民教育システムが必要
 ポートランドはこの間、市民参加の機会を拡大してきた。しかし、機会の保障だけでは十分ではない。市民に対し参加の機会を活用する知識、技能、さらには市民共同体の原理に基づく評価の仕組みなどについて教育しないと、参加の機会を生かせないことになる。市民社会の健全な発展には、より良き市民を育てる教育システムが必要である。そうした市民教育の場として、公共的な政策づくりのインキュベーターとして大学の役割があり、取り組んでいるが、これまでのところはいい成果をあげていない。
 ポートランド大学などでは、この10年間、学生が地域に出て活動しながら学ぶことを進めてきた。ポートランド大学は全学生が市内の3000くらいある市民団体のいずれかに入って、サービスラーニング、コミュニティベースラーニングなどの活動しながら、地域の課題解決についての論文をまとめ、単位としている。最近は学生のドロップアウト率が増大していることから、学生が興味をもてる学習形態、プログラムを工夫し、財政的にも市の予算が減るなかで、地域への還元として連携を進めている。
 大学は学生に知識、職業の能力の向上を図るとともに、教育を通して社会貢献することが使命。コミュニティの生活を直接支援できる、貢献できる学生を育ててゆく。これは地域経済的にも役立つ取り組みといえる。学生の活動が市民的活動を生み出すこともある。
 地域社会をいかに健全な社会にもっていくかを考えると、社会の境界領域にある人を重視して巻き込むことが重要となる。携帯、ITに囲まれて生きている若者の多くが、今の社会の中枢に十分に入れないでいる。移民はインド系などアジア系の人々が増大している。こうした社会の境界なる人々をいかに社会参加していくかが課題だ。過激で活発なチャレンジググループに理解を示し、市民社会に巻き込む。また、私も含め高齢者を巻き込むことが大切だ。ベビーブーマー、団塊世代は時間と金があるので、有効活用する。若者とベビーブーマー世代、高齢者世代との交流が少ないことも課題だ。高齢者は老人介護施設などに入り、若者は街でたむろして、交わる機会がない。

■コミュニティ・ストーリーが大切
 コミュニティ、地域の価値観を確立し、それについての情報の流れをつくることが大切。そこから神話ができてしまうことがある。ポートランドも30年前から、環境保護、市民参加の街というストーリーができている。実際は川が汚れているなど、環境的に問題をかかえていて、幻想の神話的な部分もある。私が環境保護の雑誌をやっていた頃は、すばらしい街ということで、全世界からここへ来たいという問い合わせがきた。それは事実ではないと返事していたが、幻想的神話であっても、それを目標、誇りとして、そのような社会をつくる努力をする。持続可能な社会づくり。経済的、環境的にも持続可能なストーリーを作ることが大事だ。
 ラスベガスはそれとは逆のストーリーの街。あのあたりの川の水をすべて吸い取って、太平洋に流さない。誰もが個人的な成功を目指せるというストーリーに魅かれて人々が集まる。ポートランドは、市民みんなが共に活動してまちをつくるという、ラスベガスとは対立するストーリーを、イメージをつくっていきたい。
 かつてアマゾン流域を訪問したとき、先住民の14歳の少年は、広大なジャングルを歩く間、2000種の植物の効能を見分けられる能力を持っていた。ある葉をかむと汗が出て、毒蛇を寄せ付けない。こうした生きていくうえで役立つ知識は、地域で学習され代々受け継がれてきたものだ。われわれは、地域でそうした役に立つ知識を受け継いでいるか。共に地域に役立つ知識を次世代に伝えているのか、自問した。地域の中で本当に役立つ知識を見い出し、伝えていくことがわれわれの使命であり、市民の参加によって持続可能な社会、コミュニティをつくっていくというストーリーの実現につながることだ。

■群集の知恵を生かした市民社会の可能性
 アメリカでは、政府だけ、企業だけでは解決ができない。多数の市民が入っていかないと解決しないという事態になっている。今の問題は、社会の課題に対して、ハードでお金のかかる古い解決法に対し、ソフトな方法で新しい解決ができるかということにある。ハードとは防御的財政支出を指す。ソフトとは、ソーシャル・キャピタルが豊かな時に可能な戦略アプローチである。そのキャピタルがなくなってきている。そこで対処療法として、財政支出を増やし、セキュリティシステムを確保するために警察の強化、拡大を図るという古い解決法が復活する。
 また、水系を守る活動で明らかになってきたことは、昔は水系の中の50から70箇所の工場などの汚染源に対応すればよかったが、今は全流域の住民が汚染に関わり、環境に悪い影響を与えている。これはハードだけでの対応では解決できない。まさに住民を含めた総合的解決のアプローチが求められているソフトウエアの問題といえる。行政の公共事業としての対処、手法に対し多くの市民を巻き込んだ手法が必要になっている。たとえば、あるお菓子の名称を決めるのに、昔は5、6名のプロがアイデアを出して決めていた。今は、ITで募集して3000ぐらい集まったアイデアの中から選ぶ。これを市民活動分野に応用して考える必要がある。
 これまでは行政が何人かの専門家を集めて公共事業を行ってきた。これに対し、いろいろな人が一緒になって解決していく手法が必要になっている。しかし、こうした個々の市民を巻きこむ手法は、大学の研究においてもまだできていない。大学の巻き込む手法は、広い意味のソフトウエアの問題だ。IT的ソフトウエアが始まっている。ウィキペディア(ネットでつくられる百科事典)は、ブリタニカなど専門家だけが集まって制作されるのに対し、ネット上の不特定多数の人々が作っていく事典だ。そうした事例はいろいろと増えている。地球上の個人はみんな瞬間的には天才的閃きを出す。60億人のアイデアを持ち寄って素晴らしいものがネット上で作成できるという可能性がある。

(東京ランポ事務局長・辻 利夫)

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