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事業報告


カレッジランポ2004-J(2004年5月22日開催)
公募市民会議は市民参加をどう変えたか


2.事例報告

◆みたか市民プラン21会議・・・解散後のメンバーの活動を追う 内仲英輔さん(現・自治基本条例をつくるみたか市民の会世話人)

 庄嶋コメント 「公募市民会議への視点」の5つめの点で注目。公募市民会議が終わった後、委員(メンバー)がどんな活動をしているのか。



 みたか市民プラン21会議では、特に役職についていたわけではなく、1メンバーとして参加した。解散後に立ち上げた、自治基本条例をつくるみたか市民の会では3人の世話人の1人をやっている。
 
庄嶋さんが示した「公募市民会議への5つの視点」に対応して、市民21会議について説明したい。
 まず、メンバー構成であるが、きちんとした属性データがない。市民事務局を務めた人の話によれば、年齢が上がっていくにつれて多くなり、60歳代が一番多い。男性が多かったようだが、実際に出席していた印象では女性が多かったように思う。大学生もいた。
 会議の役割は、基本構想・基本計画づくりにあたって、市民提言を行うことなどである。
 会議ができた経緯であるが、三鷹市で審議会的な役割にある、まちづくり研究所に市長が諮問して、どんな市民参加のもとで策定すべきかについて学識経験者らが答申したことから始まっている。1998年12月に出された「三鷹市の新しい市民参加のあり方に関する提言」というのがそれだが、不特定の市民を公募して、パートナーシップ協定を結ぶというやり方が提言されている。99年に入ると、公募による市民50名くらいとまちづくり研究所の人たちによる準備会が発足し、9月にその準備会が呼びかけてメンバーが公募された。10月に設立総会が開かれ、市長とパートナーシップ協定を結んだ。メンバー数は375名。
 パートナーシップ協定の要点は、市は何も示さないので自由にやってほしい、そして市はその結果を最大限に反映して基本構想・基本計画をつくるというものであった。
 会議の開催回数は、分科会454回、分科会のワーキンググループ102回、運営委員会40回、全体会20回の合計773回。数字上は、毎日どこかで会議をやっていたことになる。
 議会に対しては、市民21会議としての関わりはなかったが、市が随時報告していた。市民向けには「プラネット」という広報誌を作成し、新聞折込で配布した。また、市広報での周知、全体会での報告やパネル展示を行った。
 もともとのメンバー数が、375名ととても多かったので、分科会単位で活動した。庄嶋さんの分類によると、形式的には単一目的の会議であるが、分野はあらゆる分野に及んでいる。分科会で話し合い、それぞれ報告書をつくり、運営委員会と全体会で見直して報告書をつくった。それを市に渡し、2回にわたってやりとりし、2000年10月に最終報告をした。 その後、市が基本構想の第一次素案を示したので、分科会が担当部分について意見を出し、運営委員会、全体会を経て、市に意見を述べた。第二次素案についても、同様の手続きを踏んだ後、基本構想は議会で議決された。基本計画もその後、同様のやりとりを経て策定された。市民プラン21会議は、2001年11月に解散した。
 その際、これで解散してしまうのかという意見があり、基本構想・基本計画の行く末を見守りたいとか、せっかく知り合ったのだからこのまま終わっては惜しいといった話が出た。しかし、パートナーシップ協定に照らすと、解散は不可避ということになった。そこで、メンバーが自主的にグループを作ることになった。
 第9分科会であった自治体経営分科会では、自治基本条例をつくるべきと提言していた。そこで、この分科会のメンバーが呼びかけて、自治基本条例に取り組むことになり、月に1〜2回開催し、これまで50回開催している。市民21会議の解散のころからスタートしたが、つくるみたか市民の会の名前がついたのは2002年1月だった。
 最初は、会員の認識もいろいろで、そもそも条例が何かについて知らない人もいたので、初歩的な勉強からスタートした。辻山幸宣先生や松下圭一先生などにも、非常に安い謝礼で来てもらったりした。
 この会は、条例を考えるという意味では研究会であるが、つくらせようという意味では運動体でもある。
 条例に盛り込む項目ごとに担当者をつくって報告をしてもらい、議論した。それを条文に落としていき、試案とした。2003年1月に第一次試案ができ、PIをしたかったがノウハウがなく、お金も会費が半月500円ということで、試案を印刷するだけでやっとだった。試案はいろいろなところに配り、ホームページを作って載せ、新聞社に取り上げてもらったが、それほど効果はなかった。また、議員の意見を聞きたいと意見交換の場を設けたが、誰も出てこない会派や、出てきた会派も1人ずつくらいという状況であった。
 第二次試案は、2004年2月にシンポジウムで発表した。このときは、多くの市民が参加し、会員になってくれる人も増えた。
 市でも、まちづくり研究所に分科会を設けて、自治基本条例づくりの作業に着手していた。その委員に、会からも3人が入っており、別の団体名義で入っている会員も含めると、会から5人の委員が出ている。まちづくり研究所では、何も条例案の土台がなかったので、会の第一次試案を出してほしいという話になって、それに基づいて話し合った。変更された条文もあるが、条例の構成はそのまま採用されたということで、会の試案が、市の条例案のベースになったと言える。
 自治基本条例をつくるみたか市民の会以外にも、市民参加フォーラムを開催し、市民団体同士の交流を行う「ファーストステップみたか」、地域通貨Seedsを運営する「地域通貨みたか会議」、都市計画関係の仕事をしている人たちが始めた「まちの風・三鷹まちづくり21」がある。

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(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)

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