パネルディスカッション第1部

BNPOなどの都市計画の提案を実現する仕組み 2002.04.06

林 泰義(玉川まちづくりハウス主宰)


 高層ビルが出来るような話ではないが、地元の世田谷区で、敷地が細分化されていく流れがあり、それに対してどうやって対抗するか、地元で何とかしようじゃないか、ということで足掛け4年くらいかけて地区計画を作った。
 この時助けになったのが、東京都として地区計画作成時のための調査費用助成制度があったことと、地元で頑張って活動しており、ある程度の経験を積んでいたり、専門的な知識を持っているまちづくりグループがいたこと。
 最近ではまちづくり協議会をつくる動きが各地であるが、地域に根を張るのはそれなりにできても、例えば代官山の加藤先生のように、ある程度専門的な知識を持った人がグループの中にいてくれないとその後の展開がしづらいということがいえる。

 もう一つは資金源をどこで確保するか。我々も利用した東京都からの助成制度の場合、地区計画を作ろうとすると調査費用として1000万近いお金が助成される。土地の権利状態を調べていくのに1軒ずつお金を払って調べていく必要があり、そのために結構なお金がかかるという構造になっているからであるが、結局行政が金を出してその金を行政が取っているというよく分らないことをやっている。いずれにせよ、とにかくそういう財源がないとダメだといえる。
 財源という話をするとアメリカではおもしろい事例がある。
 サンフランシスコでミッション・ベイという鉄道施設の広大な跡地があり、その再開発を跡地の所有者である会社がディベロッパーに依頼して行おうとした。最初は有名建築家に頼んで超高層のビルを建てようとするプランを作ったが、市民が猛烈な反対をしてそのプランはダメになってしまった。細かい経緯は省略するが、最終的には市民の参加による都市デザインなどが得意で、そのような実績のあるコンサルタントを雇って再開発が行われることになった。その際、お金は跡地の所有者が出し、コンサルタントが市役所との調整もしながら、住民参加をばっちり行ってプランを作る。ディベロッパーもお金を払ってやりましょうという見識を持ってないとダメだということがいえる。これがひとつ。
 今度は少し別の角度からみることになるが、もう一つの事例はニューヨークのハドソン川沿いの話になる。マンハッタンでいうと真ん中よりやや左に古いヤードがあり、これに不動産王と呼ばれていたドナルド・トランプという人が目を付けて、自分が開発することにした。これもまた最初は某有名建築家に頼んで世界一高いビルを作る計画を立てたが、市民から猛反発にあう。市民は直ちに募金活動を始め、目標は5000万程度であったと思うが、実際には3000万近くのお金を集めた。市民はそのお金で大規模開発に対して色々なノウハウを持っているSOMという設計事務所に開発プランを作ってくれるよう依頼した。SOMのスタッフは市民参加にも非常に長けており、この点も日本の大手の設計事務所と全く違うところといえる。最終的に市民参加のWSを通してプランをまとめることとなるのだが、このプランが公表された後、ドナルド・トランプが「その案を自分のプランにしたい」ということになり、このプランを考えたSOMのスタッフも含め一緒にプランを行うことにした。ちなみに自分で作ったプランに反対しているWSであるはずなのに、ドナルド・トランプが途中のWSにやって来てコメントして帰ってしまったりもしたというエピソードもある。
 この辺のディベロッパーの懐の深さが日本とは全く違うといえる。設計者も違うし、住民にも一気にお金を集めてこようという元気がある。
 このような話の中にも色々な教訓があると思う。今回の都市計画法改正案にもある提案制度を生かすかどうかということに、一つは行政側にお金を出しなさい、というのがある。住民側が自分たちでお金をだそうじゃないかというのもある。関連するディベロッパーが「なかなかいいことを考えてるじゃないか、ならお金を出そう」というのもある。いずれにしろそうやってお金を集めてくる事がひとつ。

 しかし、もっと知恵を中心に集めることを考えなくてはダメだと思う。今回一番問題なのはこのような法律を通じて何か知恵を集めようという考え方がどこにもみられないこと。住民参加を邪魔物のように扱っていることが知恵を集めることを大切にしていないことの典型的現われといえる。市民参加をやることほどいろいろな地域の事情・実態・知恵・矛盾が分ることはない。そういうものを踏まえて、そこからいろいろなものをくみ上げてまちづくりに取組むことがまちづくりの真髄であり、楽しみであり、苦しみである。最後にできあがった時に皆で「よかったね〜」というような思いを共通に体験できる稀な機会だといえる。それは行政職員であれディベロッパーであれ、誰でも体験できることである。
 容積率一杯に建てることばかり考えて、昼夜を問わずひたすら計画を作って施行している。自分で人生をどんどんつまらなくしているばかりで、結局誰も幸せにならないような国というのがずっと以前出版された「日本についてのオランダからの見方」といったような本に書かれていたこと。実際に今日本はそういうことになっている。だから「知恵を集める」「自分たちも時間もお金も出す」「自分たちの地域が黙ってていい方にいくなんてことは決して無い」「こうなったら自分たちで環境をどうやったら維持できるか」といった風に考える必要がある。
 そのためにやるべきことは井上さんのおっしゃった通りだが、それ以外に提案制度等をきっちり使っていくためのバックグラウンドとしては都市計画法17条の中に住民参加の手続きを各自治体できちんと決められると書いてあることにある。こういうことを住民がもっときちっと要求しないとダメだと思う。今の日本では住民参加というものはいいかげんに扱われており、行政だけで勝手に決めようとしている。それぐらい馬鹿にされているといってよい。
 それに対しておとなしく黙ってばかりいないで、住民も何かやるべきである。行政はダメだという話もあったけれど、市民が元気であって、行政も一緒になってなにかしているようなところはすごく元気がいい。例えば大和市では、まちづくり条例も策定したし、市民による新しい公共を作る市民活動推進条例なども市民によって提案されている。これは非常に画期的なものだと思う。
 自治体には、しょんぼりしている自治体だけではなく、元気で頑張ろうとしてる自治体もある。「そういう自治体こそ自治体なんだ」という風に考えるべきであり、自治体の職員も市民も一緒になって活き活きしようをすることが大切である。そうしないと自治体の職員も頼りにならないし、政府はもともと頼りにならない。誰も頼りにならないと生きる瀬がない。まず自分たちが一番頼りになるように、黙ってばかりいないできちんと何かやる。それから自治体も、あるいは地域の事業をしている人達も、企業も一緒に頑張れるようになにかするべきである。それぞれにいろいろな心があるわけだから、そういう人達も一緒にやっていくことが大事だといえる。
 

《記録:東京ランポ事務局・深田 祐子》


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