連載 NPOの論点4 存在理由―経済的優位性に関する議論
存在理由―経済的優位性に関する議論(その1)

月刊ランポNo.41   2001/02/21

連載 NPOの論点4 存在理由―経済的優位性に関する議論

存在理由―経済的優位性に関する議論(その1)

 NPOの存在理由(または市場経済における優位性)を問う議論としては、よく「市場の失敗」や「政府の失敗」から論じられる。ここでは、それらの議論を紹介して、多少の私見を述べてみよう。ハンズマンは、前にも引いた論文のなかで、NPOに関する経済理論を、(1)公共財提供、(2)契約の失敗、(3)補助金獲得組織、(4)消費者のコントロールなど、4つにわけて論評を加えている。これらのうち(3)は理論的説明としては独立させるほどのものではないと考えられる。そこで以下では、1.契約の失敗――消費者の選択を保証するものとしてのNPOと、2.公共財(むしろ集合財といった方が適切だが)を提供するものとしてのNPOの2つについて検討し、(4)についてはそれらに関連して考えることにしよう。

「契約の失敗」仮説
 事業者と消費者は市場で対面し、ある対価で商品やサービスを売り買いする。その場合、事業者が圧倒的な商品情報をもっており、消費者は情報劣位に置かれている。これを情報の非対称性(格差)という。先般の国会で成立した消費者契約法は、この消費者の情報劣位を是正して、両者を実質的に対等な位置に置くことを狙いとしている(成立した法律はなお不十分であるが)。
 ハンズマンによると、情報劣位の消費者がした売買契約は「契約の失敗」となり、それは市場の失敗の一部を構成する。市場の失敗としてよくあげられるのは、営利企業が利益追求に走って公害などの外部不経済をもたらすということだが、契約の失敗も営利企業によって消費者に不利益をもたらす。
ただし、すべての商品が契約の失敗を招いているわけではない。たとえば、八百屋で買う大根などの日用品は、消費者も見たりさわったりすれば、その品質のおおよそをつかむことができる。また、かりに期待にそぐわないものを買ったとしても、損害はすくない。どの八百屋が信頼できるかを経験で知ることもできる。しかし、病院や福祉施設のサービスの質は、なかなか知りえない。その建物が豪華であるとか、自宅に近いなどを知ることができたとしても、医者の技術や経験、介護の質を知ることは簡単ではない。 このような場合に、契約の失敗が深刻な問題となる。つまり、介護施設などの消費者は、その施設のサービスを買ってから、その質を理解するまでには時間がかかり、しかも、そのときには退所・再入所がわずらわしいし、コストが高い。手術の失敗などの医療過誤の場合には、とり返しがつかない。時すでに遅しなのである。これが契約の失敗である。

非営利は本当に違うのか
 ワイズブロッドの『非営利経済』は、非営利の経済理論をコンパクトにまとめたものである。かれは、営利企業は利益追求を目的とするために、社会の資源配分を歪め、情報の非対称性を利用するという。これに対して、一般的に、非営利は利益追求のインセンティブが弱く、情報格差を利用して利益を得ようとする誘惑がすくない。利益を追求しても、非営利の理事者や経営者にはメリットがないから、かれらにそのような誘因は弱いのである。
かれによると、特定の商品は、商品情報に関して、容易に消費者が知ることができるものと、知るためにはコストがかかるものという2つの属性をもっている。さきほどの大根や病院の立地・建物などは第1の属性であり、医療・介護の質は第2の属性である。第2の属性が選択において決定的である(必要度が高い)ものほど、非営利が選好されるという仮説が成り立つ。つまり、商品・サービスの属性については知りえないので、非営利という一種のブランドを信用して、非営利組織を選択するというものである。
 同書において、ワイズブロッドは「非営利は本当に(営利と)違うのか」という章をた
て、介護施設や障害者施設など3つの分野での医療系非営利の実証を試みている。かれの見るところでは、非営利は、消費者に対する情報の優位性を利用することが私的企業よりすくなく、サービス提供は価格により連動していない。また、教会が運営する非営利とその他の非営利を比較すると、教会系はよりいっそう私的企業に似ていない。
 これに対して、ハンズマンは、病院、介護施設のような事業型NPOでは「契約の失敗」仮説は消費者の選好を説明することにとどまり、成果として実証されているわけではないとする。非営利は情報優位性を利用しない代わりに効率性が悪い。米国において、この分野で営利企業が参入できているのは、情報をより知りうる消費者は効率性を評価して営利企業を選好しているかもしれない。ハンズマンは、「契約の失敗」仮説は、救貧活動などの寄付型NPOによくあてはまるとする。かれは、ワイズブロッドの実証分析結果には疑問を呈しているが、これ以上、立ち入らない。

「契約の失敗」仮説の論点
この仮説については、次のような論点が浮かび上がる。
(1)契約の失敗を生みやすい財はどのようなものだろうか。また、どういうタイプのNPOだろうか。医療、介護、救貧活動などが例としてあげられるが、それらは財として、情報取得困難性以外の共通の属性をもっているのだろうか。
(2)非営利拘束は(理論的な)潜在的可能性、または消費者の漠然とした期待感に応えるもので、非営利とサービスの質との因果性は理論的に十分に説明され、かつ実証されているわけではいない。
(3)医療・福祉などの場合には、日本と米国では制度的枠組が大きく異なっている。日本では、これらの分野においては非営利内部での差異に注目しなければならない。

  (1)に関連して、ハンズマンの寄付型NPOにうまく該当するという説については、現実的に100%妥当するとしても、営利企業として社会活動をする者は想定しにくいだろう。かれは政府補助金も寄付であり、そこで非営利が選好されていることが契約の失敗仮説を支持するとするのであるが、契約の失敗は営利・非営利と競合する分野で論証されてこそ大きな意味があると思えるのだが。また、ワイズブロッドは非営利でも教会系とその他のNPOでは差異があるとするが、そうだとすると非営利一般だけで説明できるのではなく、財の情報特性以外の隠された説明理由があるのかもしれない。
おそらく、消費者が商品・サービスの属性をうまくつかむことができないとき、消費者はなんらかのブランドを信頼して選好するだろう。この場合には、非営利であることがブランドになり、その限りにおいて、「契約の失敗」仮説は成り立つかもしれない。「契約の失敗理論は、消費者期待にもとづく理論であり、実際の成果のそれではない」(ハンズマン)というのが、とりあえずのところだろうか。
 ワイズブロッドは医療・福祉系の事業NPOを「信頼型非営利」(Trust-type)と分類するが、「契約の失敗」仮説がこの分野で妥当すれば、意味のあるネーミングとなるだろう。医療・福祉系NPOは生・生命に関わりが深いセンシティブなサービスを提供している。それは人の秘私的な部分に触れるサービスであるといえる。そのような属性をもつサービスだからこそ、「信頼型非営利」の存在理由や優位性が出てくるという理論的可能性は捨てがたい。(つづく)
(東京ランポ理事・林 和孝)

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