NPOの論点3 市場特性とNPO
市場は公共的なもの、公共的な空間であるという認識で、この話をすすめてきた。これに対して、市場は私益を追求する場、むき出しの営利を追求する場なのだから、公共的なものではないという意見が当然のように出されるだろう。私はそう考えない。むしろ、市場は私益を追求する場であればこそ、制度として公正なものとすることが必要なのだ。そうでないと、取引が安定的に行われないのである。市場は人為的制度の枠組の中での「自生的秩序」の空間であって、公共的なルールを欠くことができない。
制度として市場をとらえるとき、市場は歴史的には3つの段階を踏んでいるように思える。第1は商人たちが商慣行として形成した自主ルールの段階、
第2は近代市民法の段階、
そして第3に現代市場の普遍的な社会化と社会経済法に秩序づけられた段階。
これらは歴史段階的なものであるとともに、リージョナルあるいは一国的な通時性の混交物である。それらは現代社会において重層的に積み重なっている。だから、これらの歴史段階であらわれた形態は、それらを横倒しにして、現代の市場類型の諸要素としてとらえることができる。現在進行中の事態は、リージョナルに形成されてきた市場秩序が、外から解体させようとするグローバリズムの波に洗われているということだろう。
さらに、現実の市場は市場的公共性とコミュニティ的公共性との葛藤が生み出すアマルガムでもある。とくに現代のように市場が社会の全局面に浸透した時代にあっては、市場的公共性のコミュニティ的公共性による制御が必須のこととなる。
これらの要素から、多様な特性をもつ市場類型を描き出すことができる。市場のバックグランドとなっている社会のタイプが多様な商慣行を生み出すし、それらは第2、第3の法的規制のなかで新たな変容をみせる。たとえば、公共事業における談合は商慣行のひとつだが、それには
(1)建設業などの業界特有の商慣行、
(2)建設業の産業構造、
(3)法律による規制、
(4)政府部門による価格決定
などの要素がからみあっている。市場におけるNPOを考えるとき、固有の特性をもつ現実市場のなかでの動態という視点が重要であり、NPOが営利企業に対して優位性をもつような市場特性とは何かという問題設定がでてくる。
抽象論ばかりでは読者も退屈だろうから、今回は米国における医療市場の営利・非営利転換問題をとりあげて、営利と非営利の関係を考えてみたい。
非営利医療機関の営利への転換
非営利から営利へというテーマは、実は協同組合の世界でも「協同組合の会社化」という形で問題にされてきた。それはさておき、米国においては、1980年代以降、病院や任意加入の医療保障団体などが非営利組織形態から営利組織に衣更えしている。
米国にはすべての国民を対象とする公的医療保険が存在しない。そこで任意加入の医療保障組織がつくられている。たとえば、ブルー・プラン(Blue
Cross and Blue Shield Association)は、1930年代につくられた任意加入で非営利の共済団体であり、米国では最大の医療保障組織グループである。また、70年代以降、HMO(Health
Maintenance Organization)という、医療保険とサービス提供とを組み合わせた民間医療保障団体が台頭してきている。これらの組織は、ほとんどが非営利組織として設立されている。民間病院も、ほとんどが非営利組織である。
ところが、80年代から90年代のはじめにかけて、病院においては、数百の公立または非営利病院が営利組織に切り換わっている。90年代半ばには、この動きが加速していると報告されている。また、ブルー・プラン系の団体でも、63団体(63
Plan)のうち、3つが営利に転換している。HMOでは、81年には82%が非営利だったが、95年には29%になっているという。まさに、雪崩を打った非営利から営利への転換である。(もっとも非営利から営利へだけでなく、営利から非営利または公立への転換も報告されている。)
このような組織の転換は、非営利組織が営利組織を設立したり、営利企業が非営利組織を吸収合併するという形態をとっている。また、営利企業が病院資産を買い取るというケースもある。これらのほかに、非営利病院と営利企業とが営利目的のパートナーシップを結んで、ジョイント・ベンチャーをすすめたり、資産のリース契約を結ぶケースもある。ジョイントの場合には、非営利側は物的資産を、営利側は流動資本を提供するようである。
こうした米国の劇的な組織転換に接すると、営利か非営利かという問題は、きわめて低い分水嶺であるかのように思えてくる。
市場条件と非営利ステータス
なぜ、このような劇的な転換が生じたのか。その背景には米国における医療市場の競争激化という現象がある。どの先進国でも医療費が増大しているが、とりわけ米国の医療費は極端に高い。そのなかで、医療費コストを抑制するマネージド・ケア(管理医療)が盛んに追求されるようになった。マネージド・ケアにはさまざまな手法があるが、一般的には、保険・共済団体は診療機関をチェックして、過剰診療を抑える。そのために疾病群別に診療方法を標準化して支払い限度額を設定したり、診療費の高い医療機関とは契約しない。たとえば、HMOの加入者は、指定された医療機関以外では診療を受けられないようにする。こうして保険・共済と医療機関との統合化が促進される。長期の入院も医療費増加の要因であるから、入院期間の短縮競争がすすめられる。それは他方で、過剰病床をつくりだす。
こうした支払(需要)側の効率化競争を受けて、医療機関も効率化をすすめることになる。クラックストンらの「非営利転換における公共政策問題」という論文が、急激な転換の理由としてあげている主な事項の要点は次のようである。
(1)非営利組織よりも営利組織の方が資本にアクセスしやすい。
(2)営利企業は経営スキルが豊富であり、市場に対応した行動をとりやすく、効率性が高い。
(3)競争状況は市場シェアの拡大戦略をとらせる。病院はマネージド・ケア・プランや医師に対して交渉力を高めるためにネットワーク化を図る。そのために資金が必要となる。
(4)弱い立場の非営利組織は、慈善的ケアや教育という本来目的を持続するため、閉鎖を回避して営利企業への資産売却やジョイント・ベンチャーをすすめる。
(5)よい医師を確保するため、利益分配規制のかかる非営利では不利である。
以上の医療機関の非営利・営利転換の事例は(限られた知見から一般化する危険があるが)、非営利のステータスが市場条件に依拠しているというひとつの証明である。さらに、これは保険という金融商品に類似した商品市場と、生命に直結した医療産業が統合されたという状況が生み出したものとみることができそうである。つまり、伝統的な医療サービス供給という市場が、別の原理をもつ商品市場によって、劇的に転換をせまられたケースとみることが可能だ。市場特性が質的に変化したのであろう。クラックストンらは、こうした市場競争による転換が、コミュニティの利益にとってどのような意味をもつのかについて論じている。その点は後に回して、かれらは営利企業が市場および内部運営において優位にあることを前提としているが、次回は非営利企業の優位性に関する議論をみることにしよう。(つづく)
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