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| 月刊ランポNo.47 2001/10/24 連載 NPOの論点10 パートナーシップをめぐって 市民活動としてのNPOが、その活動の構成要素や組織の編成原理で営利企業と異なるということを前回は強調した。それでは市民活動は政府とはどこが違い、どのような関係に立つのか。前回の図では、市民活動と政府の供給する財は、同一平面に重なり合っている。市民活動提供財と政府財は同じ性格のものだろうか。連載の最後は、この問題の検討にあてられる。最初に、NPO・政府関係論としてのパートナーシップ論についての米国の議論を振り返って、パートナーシップのはらむ問題点を考えることからはじめよう。 コープロダクションとパートナーシップ 今年(2001年)4月にまとめられた国民生活審議会のNPOに関する報告(総合企画部会最終報告)は、「望ましいパートナーシップのあり方」という表題のもと、@相互理解、A対等の関係、B関係の公開性、C関係の時限性などの原則を尊重すべきであるとしている。これらの原則はそれぞれ当を得たものといえるが、これらに有効性をもたせるためにも、米国の議論の検討は資するものがあるだろう。 米国では、80年代には「コープロダクション」(共同生産)という考え方が行政学の分野で提案されていた。これは当時の自治体における財政危機のなかで、歳出のカットや受益者負担の拡大に対抗しつつ、提唱されたものである。 「コープロダクションとは、市民サービスの設計に直接市民が参加し、専門機関とともに供給することを想定したサービス供給プロセスの生まれつつある概念である。コープロダクションはよりすくないコストでより多いサービスをという矛盾に対する解答をもたらす。公務員による労働を都市住民のサービス活動が補う(あるいは代替する)ことで、コープロダクションは自治体サービスの質と効率性を向上させる可能性をもつ。」(ブラッドニーとイングランド) このような考え方は、財政危機と行政改革にともなって提案される、ある意味ではなじみやすい議論である。ブラッドニーらは、コープロダクションを、(1)個人個人の、(2)グループ(近隣)の、(3)集合的のコープロダクションの3つに分類している。第3のものが、NPOと政府のコープロダクションである。このような政府・NPOの協力関係を、NPO論のサイドからとらえたものが、パートナーシップ論であると言えるだろう。 米国における政府とNPOとの協力関係をもっとも構造的に把握しようとするのが、レスター・サラモンのアメリカ型福祉国家におけるパートナーシップ・モデルである。サラモンの場合は状況的ではなく、構造的なパートナーシップ論である。かれは、アメリカの福祉国家体制をとらえるには、資金提供や指導の面での政府の役割とサービス供給とを区別することが必要であるという。アメリカの福祉国家体制は、20世紀初頭の改革時代からニューディールを経て、60年代の「偉大な社会」まで財政的に膨張してきたが、政府は基本的に資金提供や規制を行うにとどまってきた。その福祉サービスの具体的な供給は非連邦政府――州・自治体政府や企業、NPOなどに委ねてきたのである。このような公的サービスの供給のあり方を、サラモンは「第三者政府」(Third Party Government、「3セク政府」とも訳せるか)と呼ぶ。 ボランタリーの失敗 サラモンの議論の特徴は、この福祉国家体制のアメリカ版を導き出すのに、「ボランタリーの失敗」の理論を用いることである。つまり、政府の施策はボランタリーの失敗をカバーするものとして導入され、正当化されるのである。かれは、ボランタリーの失敗として、次の4つの点をあげる。 @慈善的不十分性…ボランタリーな集合財の供給は、先進産業社会の社会的サービスを適正かつ確実な十分にまかなうことができず、給付を得られない層が出てくる。また、慈善的寄付は経済変動の影響や地域的な偏在がある。集合財には支払わずに利益を得ようとするフリー・ライダー問題がつきまとうから、負担についての強制、つまり税金でまかなうことが必要になってくる。 A慈善的排他性…ボランタリー組織やその寄付者は全体のなかで特定のサブ・グループに焦点を当てるという排他的傾向がある。また、その裏返しとして情実の問題がある。一般的にいって、私的非営利セクターは、もっとも困難なケースを政府に委ねて、「相応な」貧困層を扱う傾向があることも事実だ。 B慈善的家父長主義…ボランタリー資源の配分は寄付をできるほど十分に裕福な人びとの影響の及ぶ範囲で行われる。この不足を解消するため政府の介入が議論される。 C慈善的アマチュアリズム…非営利組織の仕事の多くは、もっとも効果的な方法でサービスを提供するように訓練されていないボランティアまたはアマチュアによって行われる。この弱点は、非営利をより専門的になるように支援する政府の規制として議論される。 このようなボランタリーの失敗(限界)が政府による資金提供やサービス提供基準、または方法に関する規制を正当化する。ボランタリーの限界に対して、「政府は資源のより確実な流れをもたらし、…国内の政治過程にもとづいて優先順位を定め、制度的な管理基準によってケアの質を改善できる位置にある」。そのような政府の役割に対して、「ボランタリー組織はサービスの供給を個性にあわせることができ、政府官僚制よりもちいさな規模で展開し、公共制度が必要とする大きさを削減し、政府機関の構造にあわせるより顧客のニーズにあわせてケアを調整し、そしてサービス提供者間の競争を許容する」ことができる。パートナーシップ・モデルは、政府と非営利組織のお互いの限界を補完しあう関係としてとらえられるのである。 パートナーシップの問題 とはいえ、このパートナーシップ・モデルは、政府・民間非営利双方に新しい問題を投げかける。デニス・ヤングの整理するところによれば、パートナーシップ・モデルに対して、 @私的組織との契約は公的資金の支出におけるアカウンタビリティの喪失をもたらす。 A非営利組織を「商人」(vendor)に変え、その自律性と独立性を侵食し、かれらの使命を政府の要求にあわせるように歪める。 B非営利組織の官僚化と専門化(professionalization)を招き、それらの活動をよりコストのかかるものにして、コミュニティのニーズへの対応を弱める。 C政府がパートナーである私的機関に政治力と公的権威を供与して、民主的な統治の基本問題を惹起する。 D非営利組織にとって、政府の規制とその適用によって、その資金循環や財政に対する制約を含む一連の経営問題を生み出す。 などの問題が指摘されてきた。これらの問題は、サラモンによれば、十分に実証されているわけではなく、ほとんど影響を与えていない事例も見られるという。また、資金による歪みは政府だけでなく、民間財団の要求によっても生じるとされる。政府資金の導入が非営利組織の牧歌的なドンブリ勘定を是正するという改善効果をもつかもしれない。しかし、総じてパートナーシップは、異なるセクター間の葛藤のモメントをもつ協働の過程である。(つづく) |
| (東京ランポ理事・林 和孝) |