東京ランポ理事・林 和孝によるNPOの再考の連載です
営利と非営利の間 月刊ランポ10月号掲載
非営利とは、事業を行うことから利益を得てはならないことではない。得られた利益を、その団体の構成員の間で分配してはならないということだ。非営利とは、利益非分配または利益分配禁止という組織運営ルールである。
利益非分配は、何よりもまず、構成員に分配するために利益を得ることを組織の目的としないことだ。非分配原則は、利益の獲得それ自体は容認しているが、具体的組織運営においては3つの局面で要件を充たす必要があると考えられている。ひとつは一事業年度における利益の非分配。得られた利益は、次年度以降の事業のためにストックされるか、類似目的をもつ他団体に寄付される。ふたつめは、役員報酬や職員賃金への利益非分配。利益は費用との相反関係にあるから、報酬や賃金が世間相場に比べて不当に高ければ、利益の費用化として分配されたとみなされることになる。3つめに、団体の解散時における残余財産の非分配。解散時点で財産が残ることは利益がストックされてきたのであるから、単年度で利益分配しなくとも、残余財産を分配すれば、利益を分配したことになる。残余財産は類似目的をもつ他団体や政府に寄付される。
『月刊ランポ』の読者にとっては、ここまではおさらいである。ここまでのところは、市民社会の一般ルール、法律では民法を踏まえたNPO法(特定非営利活動促進法)の世界の話である。非営利組織が非営利組織とだけ付き合い、その世界の中で完結していれば、この限りでよい。だが、ほとんどの非営利組織は市場で営利組織と取引し、同一の市場において営利企業と競合している分野もすくなくない。そのようななかで、非営利とはどのような意味をもち、社会にとっていかなる意義があるのかということは、あまり議論されていない。私たちの関心はNPOに対する公共政策のスタンダードを設定することにある。ここでの問題は、市場との接点における非営利組織のありようと、その吟味によって、NPOに関する政策公準の基礎的な部分を固めていくということである。したがって、話は往々、現行の法律の解釈に踏み込む。
市場における営利とは何か
市場とは、一定のルールのもとに利益を求めて多数の商人(または営利企業)が競争する社会だ。市場の行為を貫く原理は、営利の追求である。それでは営利とは何だろうか。――そんなの簡単じゃないっすか、非営利の定義を逆転させればよいのです。目的意思として利益を求めること、さっきの3つの局面で利益を分配することでしょ。――それはその通りなのだが、それは団体の内部ルールであって、外の世界、市場の世界ではもうひとつの要件があるようなのだ。緒として、馴染みのない商法関係の教科書を開いてみよう。
「会社は営利事業を行い、それによって得た利益を構成員に分配することを目的とする団体である…
構成員の私益を図る方法としても、相互会社や協同組合等のように団体の内部的活動によって構成員に直接利益を与えるものではなく、団体の対外的活動によって利益をあげ、その利益を利益配当または残余財産分配の方法で構成員に分けるものである。」〔鈴木・竹内p15〕
「対外的な営利活動によらないで、団体の内部的な活動によって構成員に直接的に経済的利益をもたらすことを目的とするものは、営利性をもたない。」〔大山他p35〕
ここでは営利事業の定義について、対外的活動、一般的な市場で商売をして利益をあげることとされている。市場は不特定多数者の参入を阻まない公共的な空間である。このような公共的空間ではなく、構成員に限定された取引は営利事業から除外されるようである。これまで生命保険会社の多くがそうであった相互会社や協同組合は、その構成メンバーとの閉じられた取引であることが非営利性をもたらす要素のひとつとされている。
この要件を敷衍すれば、団体の内部規範・運営ルールにおける非営利と、市場における営利性とは、どのような関係にあるのかという問題がでてくる。NPOが内部ルールとして非営利原則にもとづいて運営しているとしても、市場で類似の商品を販売するなどの商行為に類似する行為を行う場合に、市場の論理としてはこれを営利性をもつものと扱うことになるのだろう。抽象的一般的なレベルの市場では、商品(サービスを含む)の買い手は、その必要性や選好に対する商品の価格・質などを勘案して商品を購入する。そこでは生産者・販売者がだれかは二次的である。価格は商品の質を含めたすべての情報を集約する一次的な基準となる。ブランドや「生産者の顔」は商品の差別化戦略だが、それが成り立つためには、商品一般が価格情報に集約されるという事実を前提とするのである。したがって、一般則としては非営利組織の供給活動も、市場に入れば営利性をもつものと理解される。
このような一般則を適用せずに、内部ルールにおける非営利組織が、市場において非営利たりうるようにするには、どのような論理が求められるのだろうか。政策論として、非営利組織が供給する商品の非営利性を一般市場で主張するためには、それ相応の証明が求められる。
協同組合の非営利問題
メンバーシップ制をとる内部取引は、市場取引ではないが故に、営利性をもたないという。事例として、会社法の教科書は協同組合と相互会社をあげている。ところが、日本の協同組合法は、内部規範としての非営利ルールを著しく緩和している。それは、@利用分量にもとづく配当(生協では割戻)、A制限しているとはいえ出資配当(割戻)、B残余財産の分配を認める。利用分量にもとづく配当・割戻は、支払額と実際の購入額とを調整するものと理解されるから、これを利益分配とみなさくともよいだろう。しかし、出資配当や残余財産の分配は利益分配である。しかも、農漁協8%、生協10%と、出資配当の制限自体がかなり高い。残余財産の分配については、分配方法を法定せず、定款または総会の議決に委ねている。このような協同組合は、ヘンリー・ハンズマン氏がいうようにNonprofitではなく、Limited-Profit
Enterprise(利益分配制限企業)といった方が正確な表現となる〔Hansmann.p34〕。
日本の協同組合法は、<営利の意思なし+構成員に閉じられた取引>という2つの要件を重視して、構成員への非分配原則は副次的に取り扱っているのではないかという疑問が出てくる。協同組合サイドの通説では、出資配当を預金の利子と理解して、これを容認する。それなら、出資配当を小口預貯金の市場金利に連動させる旨を規定すればよいのだが、法律はそうなってはいないし、残余財産については説明がつかない。(つづく)
非営利の要件
| |
意志 |
内部運営 |
市場との関係 |
| NPO法(民法) |
営利目的なし |
利益分配 |
- |
| 商法 |
同上 |
同上 |
内部取引 |
| 協同組合 |
同上 |
利益分配制限 |
員外利用禁止・制限 |
【文献】鈴木武雄・竹内昭夫『会社法』有斐閣1994年、大山俊彦『会社法』(現代商法2)三省堂1984年、Henry
Hansmann,Economic Theories of Nonprofit Organization,in W.W.Powell ed.The Nonprofit
Sector:a Research Handbook 1987.(Yale University Press)

<論文>NPO再考 月刊ランポ9月号掲載分
何年も寝かせた泡盛は、アルコールのツンとするようなきつさがなくなり、とてもまろやかに舌になじむ。ワインもそうだ。NPOに関する議論ははじまったばかりで、とくに税制をめぐる議論はできたての泡盛のような感じで、口に含むとピリピリする。NPOの活動が熟成するのを待ちたいところだが、政治的状況が先に進んでいるという痛し痒しの面がある。制度づくりの話はそれとして、ここでは腰を落ち着けて、NPOをめぐる論点について再考してみたい。
NPOという略称について
日本では、民間非営利団体のことをNPO(Non-profit organization)と略称する。私自身も(東京LA−NPOの結成を含めて)この略称の社会的流通に荷担した立場なのだが、一歩引いて考えてみると、いろいろなことがいえそうである。
NPOと似たような言葉として、NGO(Non-governmental organization
非政府組織)がある。NGOは国連が採用していることもあって、全世界に共通する言葉になっている。これに対して、NPOはイギリスではチャリティーであって、内容はほぼ同じだが、NPOとはいわない。「NPOって何?
ああ、チャリティーのことね」というやりとりは、東京ランポの日英交流で体験ずみだ。たぶん、フランスではNPOのことをアソシアシオン(association)と呼ぶのだろう。ドイツの市民活動に詳しい坪郷實さんによると、ドイツ語にはアソシエーションという言葉はなく、NPOは「社会的自助グループ」等々といわれるそうである。
本家の米国でも、どうやらNPOという言葉は非営利団体をあらわす、表現のひとつであるようだ。かの国の研究者の表現は多様である。あるときはNonprofit
institutionといったり、Nonprofit enterpriseという。略称すれば、前者はNPIであり、後者はNPEとなる。また、Nonprofit
firmという言い方もある。これも略称すれば、NPFである。NPOはNPIであり、NPEやNPFでもある。institutionを直訳すれば、制度ということになろうが、組織という訳し方もできる。enterpriseについて辞書を引くと、companyやorganization、またはbusinessという意味があるようだ。firmについては、companyの意、とくにsmallな会社をいうとある。enterpriseもfirmも、企業と訳すことができる。つまり、非営利企業である。
話は横道にそれるが、米国文献を読んでいると、Nonprofitが行うbusinessなどという表現にぶつかったりする。商売(営業)は営利企業がやるものではないかとも思うのだが、かの国の人びとはまるで気にしていない風である。
要するに、NPOというものは、これらの表現にみられるとおり、きわめて多様であり、ひとつの言葉にうまくおさまらない。ある場合には、人びとの結合組織であるアソシエーション、ある場合にはビジネスを営む企業である。企業というと、利益の獲得に走る、何か堕落した存在という見方をする向きもあるが、NPOがそのような多様性をもつものという理解が、まずは必要ではないだろうか。
私たちは、NPO法の制定では「市民活動法人」という日本語を使ったが、実際に法律になる過程で「特定非営利活動法人」なる、いかにも法律的で外形的な名称に変えられてしまった。そのレジタンスの意味でランポの略称には市民活動法人という言葉をつけた。これも日本におけるNPOの熟成の1プロセスなのだろう。とりあえずのところはNPOでいくとして、よりよい表現が熟成の過程で生まれることを期待したい。
NPO論へのアプローチ
レスター・M.サラモンの『米国の「非営利セクター」入門』(Salamon,
L. M. America's Nonprofit Sector; a primer 1992.入山映訳.訳書1994年)は、私の知る限り、米国のNPOに関するもっとも手ごろな入門書である。しかし、ここでも言葉の多様性がつきまとっている。サラモン自身の述懐を引いてみよう。
「困ったことに、このセクターが非常に多様性に富んでいるいるために、これらの質問〔非営利セクターとは何かなど…引用者〕に対する答えはいささか複雑なものになる。」
「このセクターを指して使われる用語もあまり役に立たない。非営利セクター、慈善セクター、独立セクター、ボランタリーセクター、免税セクター等々、多様な用語が使われているが、これらの用語はそれぞれ、各組織が持つ性質の一面だけを強調し、他の面は見逃すか、あるいは軽視している。したがってこれらの用語が誤解を招く部分もある。」(訳書pp18-19)
サラモンは、それぞれの用語がとりこぼす点を例示している。たとえば、非営利といっても、利益をあげることがあるというように。その後、よく知られている非営利組織に共通する6つの指標をあげている。
サラモンの6つの指標 |
| 1 |
公式に組織されたもの(formal) |
| 2 |
民間のもの(private) |
| 3 |
利益を分配しないもの(Non-profit-distributing) |
| 4 |
自主管理(serf-gorverning) |
| 5 |
自発的な意志によるもの(voluntary) |
| 6 |
公共の利益にかなうもの(public benefit) |
ちなみに、サラモンはアンハイヤーとの共著である『台頭するセクター』(The
Emerging Sector; an overview 1994.)では、国際比較の基準としてE公共の利益を除いて、5指標としている。この削除は明示的ではないが、ひとつの論点である。それについては別に検討したいが、ここでは用語の多様性にまつわる点を考えよう。
サラモンがあげる非営利は、組織の運営規範という制度を指している。非営利が利益をあげることは、制度の動態にかかる。慈善は活動の目的、社会的機能にかかわる問題である。独立も社会的機能に関連する。ボランタリーは参加する人びとの主体に関連する。ボランタリーは日本語に置き換えがたい言葉だが、原意の第1は自発性にあり、人びとの文化の問題でもある。免税は政府制度の問題である。サラモンがあげる用語の混乱は、NPOへの接近方法の違いにもとづくものと考えたらよいと思う。
第1の接近方法は、制度的なものである。これはNPOそのものの組織の制度的な側面と、政府政策にもとづく制度の側面がある。これらは相互に連関しあっている。第2の接近方法は、NPOの社会的な動態、社会における機能に関するものである。NPOは私たちの社会にとって、どのような意味をもつのか。公共的なものか、そうではないのか。政府や営利部門に対してどのような特性があるのか、といったテーマは、この接近方法によることになる。第3は、第2の接近方法から派生するものだが、NPOの社会運動的側面、あるいはNPO活動を構成する主体に対する接近方法である。ここには文化的側面も含まれるだろう。
これらのNPOへの接近方法を複合することによって、NPOの全体像をつかむことにつながっていくと考えるのだ。これまでの議論は、第1に偏るか、第2、第3に偏っている。非営利セクターや社会的経済セクターをめぐる議論には、おそらく、こうした接近方法の複合化が求められるのではないだろうか。
月刊ランポNo.37 2000/10/03